14人が本棚に入れています
本棚に追加
目が眩みそうになって、少年は思わず手を伸ばした。だが、そこにあるはずの麻布には触れず、手は絵の奥へと入ってしまった。
「ああ、どうなっているの?」
少年は画家に尋ねた。だが、そこには誰もいなかった。
遠く背後から声がした。
「さあ、振り向いてごらん」
そっと振り返ると、まるで重力の方向が狂って絵の中に吸い込まれるような、奇妙な感覚が少年を襲った。
・・・
アトリエには画家がひとり、イーゼルの前に立っていた。キャンバスには、振り向きざまの半身が描かれていた。驚いたような少年の表情が、まるで生きているかのように写しとられていた。画家は、完成したトローニーを壁に掛けると、いつまでも満足げに眺めていた。
なるほど、貧しい少年や少女が忽然と姿を消すことは、当時珍しくなかったのである。
〜終わり〜
最初のコメントを投稿しよう!