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「認める代わりに一つだけ条件がある。学君、と言ったね?」
「はい」
学は名前を呼ばれ、シャキッとすると父を見る。
「俺みたいにはならないでくれ。仕事人間にだけは。妻も、娘も、自分さえも悲しませることになるだけだ」
学はハッとなると、それから大きく頷いた。
「俺は、何もしてあげられなかったから。美咲には沢山愛情と幸せを注いでくれ。そしていつか生まれてくる子どもにも、沢山愛情と幸せを注いでくれ。父親の背中を忘れさせるような人間にはなるな」
父がその時初めて「父親の顔」をすると、学が「はいッ」と威勢の良い声で返事をした。私は父を見ると、父が私を見て恥ずかしそうに顔を背ける。母は近くで微笑ましそうに笑っており、私たち三人を見ていた。
「さ、ご飯にしましょう。学君も食べていって」
「良いんですか?」
「ええ、勿論。今日はご馳走なのよ」
母はそう言ってキッチンへと行くと、父も立ち上がって食卓へと向かう。私はその時久しぶりに父の背中を見ると、消えかけていた記憶が蘇った。
———ああ、これだ。
父の背中はがっしりしていて、強そうで。でも実は弱くて、脆くて。そこがどこか可愛らしいんだ。そんな背中をしている。
私はフフッと笑みを零すと、母の手伝いをしにキッチンへと向かった。学も手伝おうとしたが、母が断り、渋々と食卓に座る。父と向かい合って座る学は緊張したように、口をもごもごさせていた。
———家族って感じだな。
私は心の中で呟くと、母が作った手料理を運んでいく。食卓には私たち家族が大好きな、肉じゃががてんこ盛りとなって、並んでいた。私と父を繋ぐ架け橋ともなっていた、家族の味だ。
「それじゃあ、食べましょうか」
母はそう言うと、パンッと両手を合わせた。私たちも両手を合わせると、全員が声を揃えて「いただきます」と言った。
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