今期は婚期

3/5
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
    「それでは、私はお先に失礼します」  一時間ほど三人で飲んだ後、赤いドレスの山口は一人で帰っていく。松本が送っていく素振りを見せないように、まだ夜は遅くなっていなかった。 「ふうっ……」  彼女の姿が視界から消えたところで、有野の口からは溜め息が漏れた。それを見て、松本が軽く笑う。 「昔から変わらんな。有野、あいかわらず女性は苦手か」 「わかっているなら、呼ぶなよ……」 「すまん、すまん」 「いや、いいよ。松本に悪気がないのはわかる。それに、僕も少しは、女性に慣れた方がいいんだろうさ」 「おっ、いよいよ有野も、身を固める気になったか?」 「そんなんじゃないけど……」  有野は友人の言葉を聞き流しながら、カクテルの残りを口にする。それから改めてメニューを手前に引き寄せて、トントンと指で叩いた。 「ところで、僕が今飲んでるのは何だ? 名前だけ見ても、何が何だかさっぱりわからないよ」 「おいおい。知らないで注文してたのか? お前、雑学的な知識も豊富だから、カクテルにも詳しいかと思ったのに……」 「僕の知識は、しょせんアニメ由来だ。でもカクテルのアニメはないからね」  キャンプを題材にしたアニメにハマればアウトドアに詳しくなり、自転車競技がテーマのアニメならば、その方面に詳しくなる。カルタとりのアニメのおかげで、百人一首を勉強したこともある。  それが有野という男だった。 「そうか。じゃあ俺が教えてやろう。お前が飲んでるのはジントニックと言って、苦味や酸味を楽しむもので……」  その日の有野は、珍しく遅くまで飲んだ。 「今は、早く帰る必要ないからね」 「どうした? 大切な深夜アニメとやらがあるんじゃないのか?」 「それがないんだよ、今期は」  アニメに詳しくない松本のために、有野が説明する。  夕方や日曜朝の子供向けアニメとは異なり、深夜アニメは原則として十二話あるいは十三話構成。一クールと呼ばれる三ヶ月ごとに、番組が入れ替わる。面白いアニメが多いクールもあれば、今期のように観る番組がないクールもあるのだった。 「なるほど。それで今は時間に余裕があるのか。だったら……」  爽やかな青色のカクテルを口元へ運びながら、松本がニヤリと笑う。 「……今期は婚期だな」    
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!