寝夢 1

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寝夢 1

 宿(すく)鼠(ね)のリリルルとルルロロは、靴とズボンの裾を濡らして、薄暗い地下の排水路を歩いていた。水栗鼠の宿(すく)鼠(ね)は体や衣服が水に濡れるのは平気だ。ぐしょぐしょになった服も靴も、体で水分を吸収してすぐに乾かしてしまう。  ところどころに赤いランプがついているだけの排水路は、人間だと懐中電灯が必要だが、宿鼠は暗闇でも目が見えるので、どんどん歩いて行く。 「あれは何かしら」  隠れ家へ帰る途中、リリルルは浅い水流の中を動いている小さな生き物を見つけた。  栗鼠や鼠よりも小さい。上体が立っているので二本足で歩いているようだ。小さい体で流れに逆らって遡(さかのぼ)ろうとしている。 「何だろう」  ルルロロは水をパシャパシャ撥(は)ね飛ばしながら走って、小さな生き物を追いかけた。  リリルルもパシャパシャ音をさせてついていった。  追い掛けられて驚いた生き物は、四つ足になって走り始めた。  パシャパシャパシャ  四つ足で走るとかなり早い。 「おーい待ってくれ。大丈夫、何もしないから」  ルルロロは叫びながら大股で跳ねるようにして走った。  大きな声を出したので、排水路の中にルルロロの声が反響した。  小さな生き物は、なぜか走るのをやめて立ち止まった––––––まるでルルロロの言うことを理解したようだった。  ルルロロは追いついて、その小さな生き物の上にかがみこんで両手で捕まえた。 「よしよしいい子だ」  人型で頭部が大きくて体は小さい。丸い耳が頭の上に出ていて頭髪のように見える紋様がある。ハート形の尻尾があって体は柔らかくすべすべしていた。  すべすべの生き物は、ルルロロの掌の上で大人しくしていた。短い足を伸ばし、手を両側について、小さな子供がちょこんと座っているように見える。  ルルロロには見覚えのない生き物だった。  リリルルも駆け寄ってきた。 「これは何だろう」  ルルロロは片手でリリルルの顔の前に持ち上げて見せた。  顔は可愛い女の子で、笑っているように見える。 「ちょっと花の精のオハリコと似ているけれど––––––」  リリルルも見たことがなかった。 「オハリコは体が丸くて、頭に木の葉がついているわね」 「この子は体は人型だけれど尻尾がある」 「丸い耳も頭の上にあるわね」 「動物の幼体かな」 「でもこんな動物はいないわね」 「オハリコじゃないけど、妖精の一種みたいだな」  ルルロロがそう言うと、小さな生き物はこくっとうなずいた。 「生まれたばかりです」  可愛い声で急に喋った。 「まあ、あなた話せるのね!」  リリルルが丸い眼を更に丸く見開いた。 「君は一体何なんだ?」  ルルロロがきいた。 「ネムです」 「ネム?」 「ネムって何かの妖精なの?」 「夢の精霊です」  リリルルとルルロロは顔を見合わせた。 「ネムって寝る夢の寝夢(ネム)のことかな?」 「そうです」 「夢の精霊なら亜空間霊界の精霊だよね。人間界にいるのはおかしいなあ」  ルルロロは首を傾げた。 「人間界に生まれました」 「亜空間霊界の夢の精霊が人間界に現れるのは異常発生だわね」  リリルルも訝(いぶか)しんだ。 「お腹が空きました。生まれてからまだ何も食べていません」  夢の精は食べ物をねだった。心なしか声が弱々しい。 「まあ、可哀そうに」 「夢の精だから夢を食べるんだよね」 「夢よりも果物が食べたいなあ」 「私達の隠れ家に行けば果物も木の実もあるわよ」 「食べ物をあげるのはいいけれど、夢の精霊が人間界にいていいのかな」 「ロルルルなら何か知っているかも知れないわ」  リリルルとルルロロは、寝夢をまず自分達の隠れ家に連れて帰って、ロルルルと相談することにした。
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