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「や…やりましたああ!俺が…俺が尾上さんのポケットから鍵を盗んで型をとって」
尾上が笑った。
万丈は黙ったまま、田辺の背中を見続けている。
「誰がそんな事を聞いたボケナスが。誰が俺の金を盗んだと聞いているんだ」
「俺…俺です」
「そうだな。じゃあ誰が悪いんだ」
「お…俺…悪気はなかった」
「悪いのは?」
悪いのは俺です 。
そう言った若い男の次のセリフは、煙草の吸い殻が混ざった液体に邪魔されてなんにも聞こえやしなかった。
嫌がる田口の口の中に吸い殻ビールを飲ました男は、田口がなんにも言わなくなると、目を少しだけ瞑る。
しばしの沈黙、果たして黙祷だったのだろうか。
二人の男は黙っている
「…喉が渇いたな」
耳が欠けた男が言った。
「…何か買ってきましょうか」
背の高い男が足を動かそうとしたが、それを耳が欠けた男が腕を振って止めた。
「お前のシャツ、匂うんだよ。大の男が小便のきつい匂いをさせて街を歩く気か。…脱げよ、肌に匂いがつくぞ。大丈夫だよ、お前に性欲なんかわかねえよ」
「…はい」
踏み出した足を元に戻す万丈を横目に、尾上は顎を少し上げて煙草の煙を吐いた。
窓のない部屋が曇る。
「…悪いのは誰だ?」
声に振り返ると誰かにかじられた耳が見えた。
男は万丈を見ずにぼんやりと天井を見ている。
吸い口をくわえたまま、煙草を支えた指は心なしか、震えていた。
尾上は終わりだった。
金を舎弟に盗まれた。
それも自分の女にしていた男にまんまと鍵のスペアを作られて。
恥を嫌う社会に恥を晒した尾上は例え金を取り返したってもう成功のルートなど用意されている訳がないのだ。
万丈はそっと俯く。
尾上の未来をコンクリートに飛び散った血反吐の上で思い浮かべた。
…男が好きなんだろう尾上、なら恥晒しついでに俺の息子清めろや。
男にいかれちまったお前にはお似合いだぜ。
四つん這いになって、尻をこっちに向けろよ。
穴がありゃ不惑の爺でも女代わりになるわいな。
…まず、物好きな幹部共が尾上を犯すだろう。
それから若い男達、尾上にケツを掘られた野郎 。
よくも今まで好き勝手にやりやがったなと言って、万丈では考えも及ばない残酷なゲームを思いつくだろう。
暗い。 暗すぎる。
万丈は目を閉じた。
自分は尾上を嫌いではなかったし、気性は荒いが理不尽な事を要求する上司ではなかったのでまあまあ慕ってはいた。
とにかく今一時。まだ時間はある。彼の好きな事をすれば良い。
人間らしい事。
好きな事。
気が済むならば、無駄な殺生もいいだろう。どうせ田辺が悪いのだ。
万丈はそう思ったので、夜中に尾上から田辺を捕まえたと言う連絡が入った時にわざわざ出向いた。
港近くの小さな地下室だ。死体も始末が容易だから、海は近い方が良い。
組が借りている部屋は夏は暑く、冬は寒い。利便性だけが取り柄のカビ臭い場所である。
ここには二人だけしかいない。尾上の部下は万丈以外にもいたが、今ここに自分達しかいないと言う事実は、他の人間は尾上を見捨てたと言う表れだった。
「尾上さんは悪くはありませんよ、田辺が馬鹿な事を」
その言葉にふふ、尾上は唇をゆがませて笑った。
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