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アンバランスが丁度いい
アンサンブルは聞こえない
アンブレラはもういらない
アンケートは必要ない
アイシテルはもう少し
後はあなたがいれば
私はもっと強くなれる
成長がある
そこが私のいい所
【スラッガー】
夢見てんじゃねえぞと低い声が唸った。
続けざまに股間を蹴り上げられて夢も見ようがないと男は思ったが、痛すぎて喋り方をどうやら忘れてしまったようだ。
「うう、おお」
泡を吹いて倒れる男に同情の余地はないとばかりに低い声の持ち主は使い古した革靴で男の頭を踏んづける。
「え、どうした万丈。久しぶりに俺の顔を見て泡を吹く程嬉しいか。そこまで思ってくれた奴はお前だけだと言いたいが、大抵俺の前では皆泡を吹く」
臭い革靴の踵が万丈の頭を撫でる。
乱暴者は大きな体ではない。細長く、卑屈な笑顔。身だしなみだけは銀行員のような格好をしているが趣味の悪さが伺えるお花柄のネクタイで台無しだ。
ぐりぐりと煙草を踏み消すような動作に髪が引っ張られ、地面と靴の間に挟まった頭は圧力を感じてミシミシと悲鳴を上げた。
散らばっているレタス
折れた人参
潰れたトマト
(もったいねえ、なあ)
荷卸ししている時位は待ってくれたっていいじゃないか、市場で買い付けをした物がほとんど台無しだ。
激しい痛みの中そんな事を考える万丈は痛みに慣れている証拠である。
男は大袈裟にため息をついて肩を落とす。
「バーンジョオオ、俺は悲しいよ。お前を料理しなくちゃならないなんてさ。俺はお前が大好きだったんだよね。1を教えりゃ2が解る頭のいいお前が大好きだったんだよ。俺の後を継いでいい壊し屋になると思ったんだがけどなあ。」
はーあ。
もう一度。
はーあああ。
心底残念そうに息を吐きながら笠松は奥二重の厚ぼったい瞼を半分閉じた。
早朝5時の出来事だ。寂れた町はまだ起きない。田舎町の商店街の中、万丈は笠松の足の下で這いつくばっている。
万丈は若い長身の青年である。つい半年前まで東京でヤクザ稼業に精を出していたが、実家に逃げ帰ってきた。
仕事が怖かった訳ではない。
恋をした。
それもとびっきりの青臭い恋だ。
きっかけは上司がヘマをやった。バイの上司、尾上が抱いた男に金を盗まれたのだ。
万丈がそれを知ったのはそう、丁度頭を踏んづけている笠松と昼飯を食べている時だ。
笠松は万丈が東京に出て、初めて出会ったヤクザである。
少ない髪をぴっちり撫でつけて、ヘラヘラ愛想笑いを絶やさない男だ。
弱い、からではない
強い、からである
表情で人を威嚇する必要もなく、嘘と自慢で固める事もいらない人間は大抵穏やかな表情をしている。
笠松もそんな種類の人間だ。
どことなくぬらりひょん。
茫洋としていて、それでいてぬらりひょん。
ずる賢くて、隙がなくていつのまにか彼のペースにはまって自滅させられる。
危ない男だと思う。
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