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「俺ねえ、友達がいないのよ。皆、俺がね、理解できないって言うのさ。どうしてそんな簡単に人を殺せるの、やる事無茶苦茶でついてけやしない、日本語が上手くないから理解できない、皆好き勝手に俺の事悪く言うのよ」
笠松の足の圧力がさらに酷くなり、万丈は思わず小さく呻いた。
冷えた町の空気が鼻から入り、冷たいアスファルトにうつぶせにされた万丈の体を内から外から凍えさせる。
万丈食料品店の前
電気はついていない
気になるのは年老いた母親と居候の事
しかしそれより今は自分の頭が鼻先に転がっているトマトのようにならない事の方が最重要事項にも思える。
ずびび、と鼻を啜り上げながら笠松はゆっくりと言葉を話す。
「でも尾上クンはね、そんな事言わないの。俺がおかしな事言ったらね、胸くそ悪いな、なんていいながら笑うの。素直でしょ彼。だから俺の側にいる事が苦痛ならそう言ったし、同調する時は本当に同調した。あいつも俺もちょっとおかしいから、普通って殻をかぶらないでいろんな話をしたし、組の会議の後の昼飯も一緒に食べたよ。友達っていいなあって思ったわけなんだけど。 尾上が金を盗まれたって聞いた時さ、ああ俺が尾上を壊すんだろうな。苦しまないように愛情をかけてやろうとも思った。俺はホモじゃないけど、尾上の事気に入ってたからね。これも友情の形でしょ?でも、まさかお前がねえ…万丈クン、ホモじゃあなかったでしょ?俺ね、正直がっかりしたよ。前から一緒の匂いがしたと思った俺が間違いだった。弱い、弱いよ万丈クン。お前の行動がホモだろうと情でとった行動だろうと、こんな事ぜんっぜん間違ってるんだよ」
万丈は静かに口を開いた。
口元から一滴流れ出す血液の匂いは万丈の冷えた体を暖かくするのには充分だった。
「…尾上さんは」
「はっは!やっと喋ったねえ。尾上は今頃本土に護送って所じゃない?本当はここで俺一人で片付けようと思ったんだけど…あいつは組もだけど俺も裏切ったんだからね。俺が楽しんだっていいじゃない。でも、あいつに執心してる上がいるらしくてさ。連れてかれちゃった。残念無念残念賞だね。…ケツ、掘られちゃうんじゃない?そうそうお前の母親は無事だよ。まだおねんねじゃない?万丈クンが市場にお買い物に出て行った後、俺が電話でデートにお誘いしたんだ。ほんとお前…酷い息子だよね。母親よりも先に尾上の心配かい?」
静かに彼は反撃を繰り出す。
まずは 軽い腕慣らしだ。
「笠松さん」
「なんだい」
「あんた、俺に嫉妬してるんじゃないですか」
そう言った瞬間顔面に靴先がめり込んだ。
「ふざけるな!」
怒鳴った相手に間髪入れずに第二撃
「あんた、尾上さんに惚れてんだ」
返事の代わりに脇腹を蹴られた。
痛いな、身を縮めながら笑う。
「あんた、尾上さんの話をするときに俺はホモじゃないホモじゃないっていつも前置きしていたのは、自分の気持ちを認めたくなかったからじゃないですか。さっきから話を聞いていれば俺に嫉妬しているとしか聞こえない事ばっかりだ」
「万丈!」
悲鳴のような声を上げながら笠松はうずくまる万丈の襟首を掴み引きずり上げる。
本気でしあうにらめっこ、そこに少しの笑いもない。
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