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そして見えない万丈に向かって呟いた。
「万丈…お前そんなキャラだったっけな?余計な事は言わない良い子だったじゃない。クールでさ、人の事よりも自分の事。俺には解るよ。お前は俺と同じ匂いがするって言ったでしょ?お前は夢を見たいだけなんだよ。好きな振り、自分が人の為に頑張ってる振りにオルガニズム感じてるだけなんだよ。無駄、なんだよ。 人を好きになったって
俺達はさ…自分の事が一番だもんな?」
笠松の右手がスーツの内ポケットに静かな動作でドスが出た目の前にそれを垂直に持っていき、柄と鞘、両手で握る。
「万丈クーン、努力はほんまに大切やわ。やりたい事、やらなあかん事、優劣つけて俺はよう頑張った。自分の居場所作る為に一人で努力した。他人のマンコより自分のチンコや。女にうつつを抜かさず男の友情なんて糞にもならんもんにも引っかからんかった。自分の故郷もほんまもんの名前も親から貰った顔もみな捨ててこのマウンドに立ったんや。覚悟も 勇気もりんりんりんやわアンパ☆マンより強いで。なんせ甘ったるい気持ちがないからな」
話をしている最中に遠くでカツーン、と金属が落ちる音を耳にしたが、笠松はさして気にはしなかった。
肩幅に足を開き、左手に握った鞘を払い際に遠くに投げる。
一拍、二拍、自分のリズムをとるように冷静に冷静に彼はいつもの笠松になりつつある。
「尾上は確かにいい友達だったよ。俺はね、ホモじゃないけどね。いい男だと思ったのは事実だし、あいつが男と寝た事を話す時は悲しくなった。だけどさあ。友情で飯が食えるか、愛で金が貰えるか、他人が自分を助けてくれるのか、ええ?万丈、お前は間違ってるよ。お前が尾上をほっておけばこんな面倒な事にならなかった。自分で余計な事をしちゃったんだよ、俺は尾上になにもしなかったからいつものまんま。解るか万丈!この状況こそが他人にかまけた馬鹿の末路じゃないか!夢、見てんじゃねえぞコラ!」
笠松は自然に口から飛び出した自分の言葉になぜか首を傾げながらそんな考えを吹っ切るように走った。
万丈の隠れている軽トラまで助走をつけて荷卸しのされていない野菜が詰まれている荷台の縁をドスを握っていない左手で掴んで飛び上がる。
ぐしゃり、食べ物を踏んづけて笠松は荷台に足を下ろした瞬間に、
「笠松さん」
自分を見上げている若い二つの瞳に睨まれた。
(はっ)
二つの息が重なった。
見上げている万丈は両手に笠松が見慣れた物を握り締めている。
肩に握った物体の先を置いて、腫れた顔の目をぎらつかせる。
数ヶ月、愛車の車体の裏にガムテープで貼りつけていた相棒を握れば万丈は無敵だ。
鬼に金棒、万丈にバット。
切れた唇が開く。
「笠松さん。俺は間違えちゃいない。あの人に教わったんだ。」
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