4-10. バージョンアップ女子

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4-10. バージョンアップ女子

 レオは気がつくと田町の高級マンションのドアの前にいた。  ここから先、ミスは許されない。  目を閉じて大きく息をつき、気持ちを落ち着けて、レオは恐る恐る呼び鈴を押した。  ピーンポーン! 「はい、どなた?」  若い女性の声がする。 「シアンの友人のレオです。シアンにお話があってきました」 「あらあら、可愛いお客さんね……。どうぞ」  ガチャッとロックが開いた。  レオが恐る恐るドアを開けると、清楚な女性がパタパタパタと廊下を早足でやってきた。 「まぁまぁ可愛いお友達ね。ただ……、あの子は今会えるような状態じゃないのよ」  そう言って女性は申し訳そうな顔をする。 「え? どうなってるんですか?」 「うーん……、まぁあがって」  そう言って女性はレオを奥へと案内した。  レオが進むと、そこは広いリビングで、机が並んでいるオフィススペースになっていた。  メゾネットづくりの吹き抜けで、広大な窓ガラスが開放的な景観を作り、ゆったりと流れるスローなジャズが気持ちの良い空間だった。  全宇宙の最高機関と聞かされていたレオは、もっと恐ろしい場所を思い描いていたが拍子抜けであった。  女性はレオをソファーに座らせ、麦茶を出し、 「わざわざ来てくれてありがとう。私はあの子の母親の神崎よ」  そう言って、クリッとしたブラウンの瞳でニコッと笑った。  しかし、まだ二十代であろう若くて張りのある美しい肌はとても子持ちには見えず、レオは少し困惑した。 「お、お母さま……ですか。シアンさんにはとてもお世話になりました」  レオは頭を下げた。 「こんなお友達ができたなんて、あの子は一言も言ってくれなかったわ……」  そう言って神崎はちょっと不満げな顔をした。そして続ける。 「それで、あの子なんだけど……。今、あの子はね、バージョンアップ中なのよ。だから会ってくれないと思うし、そもそもあなたの事を覚えているかも……怪しい……かも……」  神崎は申し訳なさそうに言う。 「バージョンアップ……?」  レオは何を言われたのか全く分からなかった。 「あの子は半分AI……機械なのよ。それで時々自分を作り変えて勝手にどんどん強くなっていっちゃうの……。最近ではもう私も何がどうなってるのか全く分からないのよ」  神崎は肩をすくめる。 「き、機械……ですか……」  レオは困惑した。確かに破天荒なシアンの行動は常識外れではあったが、温かく柔らかい女の子が機械だったと言われてしまうと、どうしたらいいか分からない。  しかし、シアンの正体が機械でも何でも今は会うしか道はなかった。 「で、シアンは今どこに?」 「それも分からないわ……。ごめんなさいね」  神崎はひどく申し訳なさそうにうつむいた。 「な、何とかならないですか? 大切な人の命がかかってるんです!」  レオは切々と経緯を訴えた。  神崎はレオの涙まじりの説明を、うんうんとうなずきながら聞き、 「……、それなら……、ついて来てくれる?」  そう言いながら立ち上がった。          ◇  メゾネットの階段を上がり、神崎は木製のドアのオシャレなドアノブをガチャっと回し、微笑みながら言った。 「どうぞ入って」  レオはドアの中を見て困惑した。真っ暗な中に点々と何かが光っている……。  レオが困った顔で神崎を見ると、神崎は優しくうなずいた。  恐る恐る中へと進むレオ。  やがて、目が慣れてくると光の(もや)が流れているのに気がついた。 「え……? あ、天の川だ!」  レオは思わず叫んだ。  そう、部屋の中は満天の星々が広がる大宇宙だった。 「うわぁ……」  思わず顔をほころばせて奥へと進むレオ。  そして、横を見ると巨大なイルミネーションが見える。それはまるで満開の桜の木のようにモコモコとした大樹の形になって煌びやかな光を放つ光のオブジェだった。それは今まで見たどんなイルミネーションよりも美しく、大宇宙を背景に荘厳に静かにその煌めきを誇示していた。ただ、美しさの奥に秘められた何かに、レオは思わずブルっと身震いした。
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