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しかし、大罪人とされたヒストリアに対する処罰は、そのような生ぬるいものではなかったのだという。彼女はただの火刑ではなく、古代ローマであったようなおぞましいやり方で処刑されることとなった。生きたまま焼かれた、だけではない。“人間松明”とでもいうような、恐ろしい苦痛を受けて殺されたのである。
そのやり方は単純明快。全身に油をたっぷりしみこませた包帯を巻きつけ、爪先から火をつけていくのである。焔は燃え盛りながら足から焼き焦がして行き、処刑される人間に文字通り地獄の苦しみを与えるのだ。全身を焼かれるより、さらに絶命まで時間がかかることは言うまでもない。生きたまま足が焼かれ、炭になっていく苦痛はいかばかりであることか想像さえできないことだろう。ヒストリアは強靭な精神力で耐えたが、それでも足先から股間まで焼き尽くされたところで息絶えたのだそうだ。通常は膝程度でショック死するというから、いかに彼女の心が強いものであったのか窺い知るには十分だろう。
――でも、偉大なる魔女におぞましい刑罰を科したことで、生き残ったウィルビー家や彼女を信じていた魔法派の生き残りたちのココロに火をつけたのは事実だった。
従うふりして耐え忍び、魔法の力を蓄え、必ずや科学派=現政府の連中に復讐を。コーデリア本人はその考え方に疑問を持っているものの、実際復権を狙う父に逆らえず魔法の勉強を続けているという設定だった。皮肉にもコーデリア本人に魔法の才能があり、魔法そのものを嫌っているわけではないというのも理由の一つだろう。
そのせいで、最終的にこの物語は政府とウィルビー家をはじめとした魔女の生き残りとの争いに発展してしまうわけなのだが――。
「おい、コーデリア!聴いているのか?」
「へ!?あ、は、はい!すみませんお父様!」
壁のヒストリアの肖像画をぼんやり見ていた朝香は、現実に引き戻された。魔法の実技は楽しいが、その歴史にまつわる講義を聴くのはなかなかにして退屈である。学校で勉強できないので、土日にこっそりと地下室で講義を受けるしかないというのはわかっているが。
「……まったく。お前はウィルビー家の跡取りとしての自覚が足らなすぎだ」
はああ、と。黒板の前に立つコーデリアの父は、深く深くため息をついた。教鞭を畳んで、一言。
「まあいい。今日やったことをきっちり復習しておくように。以上。大事な婚約者とのお茶会があるんだろう、遅れないようにな」
「え」
ついさっきまで、確かにシナリオ通りの台詞だったはずだった。しかし、最後の言葉に朝香は眼を見開くことになるのである。
――え、え?……回復魔法、教えてくれるんじゃなかったの?
この最初の講義のあと、初歩の回復魔法を教えてくれる。それが第一章のシナリオだったはずである。それなのに。
彼は何事もないように、講義を終わらせてしまった。そんなイベント知らないとでもいうように。
――シナリオが、違う?
そう。
それがこの世界の、最初の違和感であったのだ。
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