<2・Phantom>

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『まあ、そういうのが好きな人もいるからさー。“異物をねじこむな”っていう腐女子側の反論から始まった趣向なのかもしれないし……』  今から思うと。よくもまあ、人がたくさんいる居酒屋で、あそこまで堂々とオタ談義ができたものである。周りの客たちも大半出来上がっていて、酔っぱらい女のくだらない会話なんかろくに聴こうともしていなかったとは思うが。 ――あ、やばい、今一瞬落ちた。あかん。  ぐるぐると考えていれば少しは眼が醒めるかと思ったが、残念ながらそんな単純な話ではなかったらしい。着いたばかりの電車の着信メロディーが流れ、ようやく我に返った。電車が来た瞬間の記憶が完全に抜けている。これはかなりまずい兆候だ。  仕方ない、とふらつく頭を振りながら鞄を探る。お茶のペットボトルを掴もうとした、まさにその時だった。 「んあ?」  一瞬、目の前がチカチカした。電気が消えたのだろうか、と朝香は天井を見る。が、チカチカしている蛍光灯などがあるわけでもない。酔っているせいで幻覚でも見たのだろうか。それとも。 「……あれ?」  そこまで観察したところで、奇妙なことに気づいた。ホームに人影がないのだ。まだ夜の十時過ぎ、この規模の駅でホームが無人というのはおかしい。というか、ついさっきまではぽつぽつと電車を待つ客や駅員の姿があったような気がする。それが、いつの間にか全て消失しているではないか。  何かがおかしい。  そう思った時、ホームの真ん中に奇妙なものがあるのを発見した。バスケットボールくらいの大きさの、青く光る球体である。何がびっくりって、誰がどう見ても宙に浮いている。 ――なに、あれ。  酔っているせいで、幻を見ているのだろうか。気づけば浅香は、鞄を置いてふらふらと立ち上がっていた。おぼつかない足取りで、球体が浮かぶ方向へ近づいていく。すると、あと少しで手が触れるといったところで、球体はふよふよと宙を漂って動き始めたのだった。 「あ、待って……」  追いかけなければいけない。何故かその瞬間、強くそう思った。球体が反対側のホームの方へと飛んでいく。朝香はそれを追いかける。そっちに行くと何があるのか、なんて考えていなかった。同時に。  まったく耳にも入っていなかったのだ。反対側のホームで流れていたであろう――電車がまいります、のアナウンスも。 「え」  光る球体を追いかけ、一歩踏み出したその瞬間。朝香は足元の地面が消失したことに気づいた。  がくん、とバランスを崩す体。足を踏み外してホームから落ちたのだ、と気づいたその瞬間。 「!!」  目の前が真っ白になるほどの、光。  朝香が最後に見たのは、すぐそこまで迫る――電車の姿であったのである。
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