20人が本棚に入れています
本棚に追加
夜の街に浮かぶショーウィンドウは、揺るぎない幸せを凝縮したかのような光を放つ。
交差点手前で立ち止まっていた恵は、ガラスに額をつけるようにして店先のディスプレイに見入った。通りに面した結婚式場は、白を基調とした洋風の建物であり、ディスプレイも淡い華やかな色味で統一されている。
(ブルーとピンク……だよね、やっぱ)
ガラスの向こうで結婚式を再現しているのは二体のテディベアである。一方は艶やかな青色のタキシードを着こみ、もう片方は綿菓子のようなピンク色のウエディングドレス姿だ。森の結婚式をイメージしており、背景には木々とともに、祝福に駆けつけた動物たちが描かれている。擬人化されているとはいえ、わかりやすい幸福の縮図にマイナスの感情がつけ入る隙はなさそうだ。笑顔を形どった、それでいて無表情のテディベアの瞳が挑発的にキラリと煌めく。
「待たせたな」
不意に背後から落とされた声に飛び上がると、パーカーのフードを思いきり頭に被せられた。
「大ちゃん! 今日は早いね……って、手を離せ!!」
頭をつかんだ手が、ガシガシと容赦なく掻き撫でる。なんとか振り払うと、頭一つ分ほど上にいる朝香を睨みつけた。ボサボサになったくせ毛を必死で整えているうちに、ふっと空気がほどける気配がした。
「相変わらず、へなちょこの髪」
端整な顔に刻まれる優しい微笑は、いまだに見慣れずにいた。会うたびに「クソガキ!」と、罵られていた日々も宝物だが、恋人として並んでいられる幸福には敵わない。
「なにを熱心に見てたんだ?」
「なんでもない! ――あ、信号が青になった、行こう!」
朝香の腕を取ると、強引に引っ張りながら交差点を渡り始める。ぶかぶかのパーカーを羽織ったくせっ毛大学生と、ピシッとスーツを着こなした長身の会社員……傍目には、気ままな仔猫に振り回されているピューマ、といった体だ。切れ上がった眦が印象的な朝香は、大型の猫科動物を思わせる顔立ちである。
最初のコメントを投稿しよう!