ツンデレネイビーとベイビーブルー

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 いつもであれば、手を振って別れる分岐点を同じ方向に進んでいく。なじみの薄い景色を恋人とともに歩く足取りは、もちろん天にも昇る軽快さである。 (大ちゃん家に行くのって、いつ以来? 俺は就活でバタバタしてて……ようやく落ち着いたと思ったら、今度はむこうの仕事が忙しくて……。一緒に帰れる日も減って、すれ違いばっかりで……)  でも!――と、胸を張り、前を歩く恋人の背中を見やる。なんだかんだと半年以上の交際期間を築いた二人の歴史に満足した。すべてを放り投げたい気分の繰り返しだった就活期間中、朝香との短い逢瀬が大きな救いであった。はやく、一人前の大人になり、彼にふさわしい恋人として隣を歩きたい。「クソガキ」の称号も、もちろん返上予定だ。 「わ」  夜九時をまわった街にはまだ人の姿が多く、前方から歩いてきた学生らしき集団と、すれ違いざまに軽く接触した。 「あ、ごめん……って、かわいいし!」 「ねえ、ひとり? よかったら、一緒に遊びに行かない?」  浮かれた野郎たちに微笑み返すと、「かわいい」コールが湧いた。華奢な体つきと童顔のせいで、しょっちゅう女性に間違えられる。とくに、体の線が出にくい秋冬は多い。慣れっこなので、わざと野太い声を出して驚かせてやるのだが、今回は違う結末だった。 「――あぁ?」  恵の背後から顔を突き出した朝香は、人として言語を放棄したかのような威嚇を見せた。青年たちは声も出せずに縮み上がり、足早にその場を去っていく。ぽかんとしていると、例のごとく頭を鷲づかみにされた。 「ぼんやり歩くな。お前は相変わらず危なっかしい」 「……大ちゃんのせいだ。急に家に来いとか言うから、浮かれるのは当然だよ」  唇を尖らせると、年上の男は形のよい瞳を軽く見開いた。 「安いヤツ。こんなんで浮かれるのか」  楽しそうな笑いが降ったかと思うと、手を取られた。身長も体格も、同じ男とは思えぬ差があるが、手のつくりもまた別モノだ。彼がバイト先の客でしかなかった頃、カウンター席で珈琲を飲む姿を眺めるのが好きだった。白いカップをつかむ長い指の動きを、うつむいた時の骨っぽい鼻筋を、伏せた睫が頬に落とす影を、朝香の一挙手一投足を心に焼きつけてきた。
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