ツンデレネイビーとベイビーブルー

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 触れることなど、夢のまた夢だった。 「夢って、叶った後も、夢みたいな感覚が抜けないね」 「あ? 歩きながら夢見心地になるな。溝に落とすぞ」 「その時は道連れにしてやる」  握った手にぎゅっと力をこめると、長い指に絡め取られた。人目が……と、気にしたが、二人に関心を払う通行人は見当たらない。頼りない自分の体を見下ろし、先ほど目にしたテディベアの新郎新婦を思い出す。 (もし、俺がピンクの服とか着たら……男女のカップルに見えるのかな?)  同性同士の恋愛は、メディアで謳われているほど自由ではない。大っぴらに振る舞って、あえて苦難の道を選ぶ勇気が自分に備わっているかどうか……自信など、ない。  だが、いま、手を繋いでいる相手は、自らが選んだ相手だ。 「ちゃんと前見ろ。お前はトロいんだから、転ぶぞ」  無表情の時には相手を怯ませる鋭い瞳が微笑んでいる。反射的に笑顔を返し、今回は素直に前を向く。秋は夜さえも穏やかに過ぎ行き、時間の感覚すら普段よりも遅い気がした。 (俺は、俺のままで……大ちゃんと手を繋ぎたい)  意志だけでは向き合えない現実という壁の強固さを知っている。この先、ぶつからなければならない壁であることも。  手に伝わる温もりに意識を集中して、未来への不安に気づかないふりをする。すがるように仰いだ夜空にはまばらに星が散らばり、儚い輝きで二人を見守っていた。 「先? あと? どっちがいい?」  マンション到着後、一息ついていると、朝香が二人分のバスタオルを手に尋ねてきた。 「あと」――咄嗟に答えると、少し疲労を滲ませた表情の彼は、頷いて浴室へと消えた。  ひとり取り残されたリビングをぐるりと見回す。交際約半年の恋人宅には数えるほどしか足を踏み入れたことがない。「休日デート」は、車持ちの朝香が恵のアパートに来ることがほとんどで、きちんと片づいた空間はひとりでいると妙によそよそしい。 (え……? 俺、勘違いしてる? ちょっと寄って、軽くお茶して帰る……くらいのつもりだったけど……)  2LDKのリビングに、シャワーの水音が微かに届く。じっと浴室の方を見つめているうちに、緊張が高まってきた。自宅に朝香を泊めたことはある。何度も、ある。今夜は逆になっただけ――……なのに、どうにも落ち着かない。  朝香のマンションに泊まるのは、初めてだ。
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