20人が本棚に入れています
本棚に追加
いてもたってもいられずに、ソファに置かれたクッションに顔を埋めると、情けない空気の音が漏れた。モノトーンで統一された部屋で、珍しく白黒以外の色を持つクッションは、冴えた紺色である。
(そういや、紺色が好きだって言ってたな……)
出会って間もない頃、あれこれと他愛ない質問をしては、彼に関する一つ一つを心に刻んでいった。まともな恋愛など未経験の空っぽの心に、一つ、また一つと、光の飛礫を集めるような、儚くも幸福な記憶である。いまなお、胸の内を照らす残光は、これから築く日々でより強い輝きとなる……はずだ。
(大ちゃんの匂いがする……)
不思議と本人の姿が見えない時ほど、残り香は存在を強めた。自宅でも、朝香が帰宅したあとに持て余す寂しさの中で、ふと彼の匂いが鼻をかすめる。直前まで存分に与えてもらった幸福があるはずなのに、寂しさが消えることはない。大切な人と出会ったからこそ知った寂しさは、孤独とはまた違う枯渇を心身に植えつけた。
(コンビニ、行かなきゃ。お泊りの準備、なんもないからなぁ……)
現実的な課題を自覚しながらも、体はなかなか動かない。朝香に包まれている感覚に酔いしれながら、恵はゆっくりと意識を手放した。
静かに訪れた目覚めに、すぐ反応することはできなかった。
ここが自宅でないことはもちろん、しっかりとソファに横たわり寝ていた事実に軽く衝撃を受ける。
ガバッと身を起こすと同時に、腕に伝わる温もりに気づいた。ソファに、というより、恵にもたれるようにして朝香が座っている。
「大ちゃ――」
開いた口を慌てて閉ざす。寄りかかった態勢のまま、彼は静かに眠りについていた。そうっとクッションをあてがい、起こさないように気をつかって座り直す。掛けてくれたらしき毛布を譲ろうと動いた際に、振動が伝わってしまった。
「……起きたのか」
寝起きの少しかすれた声に、じんと愛しさがこみ上げる。仕事で疲れているのに、無理をして家に呼んでくれたのだ。それなのに、俺ときたら呑気に居眠りをするなんて――。
最初のコメントを投稿しよう!