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反省真っ只中の恵に気づくことなく、朝香は立ち上がった。寝間着兼家着の気抜けた服装で、湯上がりの黒髪がサラリと流れる。
「? なんだ、その顔。寝ぼけてんのか?」
恵を見下ろす笑顔に不満の影は微塵もなく、黒目の大きな瞳はいたずらっ子のような輝きを湛えていた。日頃、スーツ姿の時には感じられないくだけた雰囲気は、ここが彼のホームだからだろうか?
へんなやつ。笑い混じりに呟くと、朝香は軽い足取りで寝室へと消えた――と、思う間もなく戻ってきた。なにかを手に抱えて。
「ほら、お前の」
差し出されたのは、一人分の着替えである。きちんと折り畳まれたスウェットの上下は、関西発のカジュアルブランドのものだ。朝香が最近、気に入っているブランドで、カジュアルながらも小綺麗な品が多い。わけもわからず受け取った服はSサイズで、柔らかく肌触りがよかった。
「……用意してくれてたの?」
「そ。いつ、恵が泊まりに来てもいいように……待ってた。いそいそして、な」
顔を上げると、年上の男はニッと口角を持ち上げた。家へと誘った時のぎこちなさが嘘のような爽やかな笑みだ。それでも、くるりと背を向けて言葉を続けたのは、やはり照れ臭かったのかもしれない。
「さっさと風呂に入れ。俺は歯磨きして寝るぞ」
裸足でぺたぺたと洗面所へと進む広い背中を追いかける。体当たりするようにしてしがみつくと、なだめるように手が重ねられた。
「就活がやっと終わって、いまは卒論だろ。お前も疲れてるんだ。早く休め」
「せっかく、一緒にいるのに?」
「一緒にいるからわかるんだ。お前はトロいクソガキのくせに、変に気が回る。就活期間中だって、一度も俺に愚痴ったり甘えたりしなかった」
「それは……」
「それは?」
珍しく優しい声での追従に、言い訳は甘く溶かされてしまう。なかなか内定が取れなかった悔しさも、繰り返し会社説明会に通ううちに擦り減った心も、朝香にだけは見せてはいけないと、ひた隠しにしていた。
弱い自分を晒して、彼に幻滅されるのが怖かった。
ぎゅっと力をこめて、温もりを抱きしめる。重ねられた手を握り返す時、ありのままの自分でいたいと、いつも願っているのに。
「ま、俺みたいに完全無欠な男が相手だと気後れするのも無理ないか。いいよ? お前はお前のままがいちばん。甘えたで、生意気で、単純で、わかりやすい、お子様な――……」
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