わたしメリーさん

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 わたしは人形のメリーさん。この度お役目を終えて、お寺で供養されるのを待っているの。わたしがお使えを始めてからずっと、ご主人様はわたしをお側に置いてくださっていたの。どこへ行くにも一緒だったわ。愛されるって存外いいものね。何年かそんな日々が続いていたのだけれど、ご主人様の成長と共にわたしは徐々にひとりになる時間が増えていったわ。そしてとうとうお暇を出される事になったの。ご主人様には本当によく可愛がって頂いて心残りは無いのだけれど、お別れをするのは何とも寂しいものね。わたしに「次のお使え先」という未来はない。後はただ燃えて灰になるだけ。わたしはこの世界から消えて、そのうち忘れ去られてしまうのだわ。  ご主人様とお別れをする日がやって来た。名残惜しそうにしっかりと胸に抱えられて、わたしを乗せた車はお寺に向かって走り出した。お父様が寺務所で手続きをする間、ご主人様は所在なさげにわたしを撫でてくれた。あぁ、もう優しく抱えてもらう事も、頭を撫でてもらう事もなくなってしまうのね。手続きが終わり、わたしはお寺に引き渡された。ご主人様は最後に「今までありがとう、バイバイ」と言った。わたしに背を向けて車へ向かう足取りは元気が無く見えた。  知らない場所で迎える初めての夜。わたしの周りには他にもお暇を出された人形たちがいて、この先のことを考えてか皆一様に悲壮感を滲ませている。皆の姿を見ていてふとわたしは自分の身なりを目で追ったの。手入れの行き届いた髪、汚れのない服。改めてわたしは愛されていたのだと実感する。ありがとうご主人様、わたしが居なくなってもどうか悲しまずに新しい楽しみを見つけてくださいね。数日の後、わたしたちはお堂に集められて住職さんの読経を聞いていた。何だか眠くなってしまうのはきっと、揺れる心を鎮めるためなのだわ。ポリ袋に詰められて、ゴミに出されるよりずっと救いがあるというもの。周りの子たちも幾分か落ち着いて見える。もうすぐわたしは消えてしまう。もうすぐ。  暗い保管場所に戻されたわたしたちが、再び陽の光を浴びている。とうとうその時が来てしまったようね。ひとりずつ綺麗に並べられていく。たかだかモノでしかないわたしたちを丁寧に。わたしが消えた後には何が待っているのかしら、それとも何もないのかしら。分からないと言うのは落ち着かないものね。目を閉じて浮かぶのはご主人様との楽しかった日々、その眩しい思い出が蘇り全身が満たされていく。ご主人様、今まで本当にありがとう。そしてさようなら。 「メリーさん!」  どうした事かしら、ご主人様の声が聞こえるわ。これが走馬灯?それにしては余りにも鬼気迫るものを感じるわね。 「メリーさんっ!!」  閉じた瞼を開くとそこには涙を浮かべているご主人様が見えた。何が起こっているのか分からずわたしは困惑した。最後に目にするものがご主人様の泣き顔なんて嫌だ、それは笑顔でなくては困る。未練が生まれようというものだ。どうか笑ってわたしを送り出して、でないとわたし… 「この子を連れて帰ります、返してください」  えっ?ご主人様、今何て言ったの?わたしを連れて帰る?そんなまさか、あるはずない。お暇を出されて今ここにいるというのに。だけれどもし…もしも許されるならわたしは、もう一度ご主人様の元で一緒に暮らしたい。本当は離ればなれになるのは嫌。ひとりは寂しい。ひとりは怖い。ご主人様…っ!  震える手で恐る恐るわたしは抱え上げられた。あの優しく温かいご主人様の腕に抱かれる。あぁ、もう2度と感じることはできないと思っていた温もりに包まれている。何という幸せ、これ以上何を望もうというのか。そもそも人形であるわたしに中身なんてない。けれど今確かにわたしは満たされている。「」って消えて無くなることだと思っていたのに。 「メリーさん、お迎えに来たよ。ずっと一緒にいて欲しいの、お願い!」そう言いながらわたしを優しく抱える。断る理由なんて何処にもない。だってわたしはご主人様だけのものだから。今までも、これからもずっと、ずっと。 「わたしメリーさん。いま貴方のそばにいるの」
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