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とぼとぼと歩く道のりの中で、何度も「なんで」を繰り返す。
なんでそんな約束をしたのか。なんで断らなかったのか。なんで覚えてないのか。なんで何も言い返せなかったのか。
その度に同じ答えが頭を過る。
そもそも約束したかも定かじゃないし。断れない何かがあったのかもしれない。覚えてないのは、100パーセント自分が悪い。言い返そうとしている間に、玄関のドアがしまっては、インターフォンを押してまで問いただす気力は無かった。
「え!その顔……どうしたんですか?」
恭平君の第一声に、うっと詰まった声を続ける事が出来なかった。
「わー。なんか、こんな店長見れるなんて、新鮮だなー。」
そう言いながら、目の前に弁当を置かれ置き去りにされる。机上にあった鍵を取られ、今は運転しない方がいいと言われ、配達に出かけてしまった。いったい、どんな顔をしていたらそうなるのだろうか……。
弁当の横の机の上に、頭を擡げて打ち付ける。
自分はどうしてしまったのだろう。
アレから今までの『今日』はとてもじゃないが普通とは言いがたかった。仕事をしていても、いつの間にか手が止まり、昨日や今朝のどこかしらのシーンが頭に再生される。記憶のある、彼が店に登場したシーン。彼の声。賑やかで鮮やかな店内。少し甘いアルコールの味。
そこまででも胸を叩くような鼓動がするというのに……。
滑らかな肌触り。慣れない人の体温。抱きしめられる圧迫感。彼の呼吸。
何度も過ぎっては振り払うというのに、振り払えば振り払うほど、次に脳裏に現れる時に鮮明さを増して苦しめてくる。
あれ……でも……。
それ以外の覚えのない断片的な何かがフワッと湧いてわ、他と比べようのないくらい身体の芯を震わせてくる。
真っ暗な視野の中で、心地よい名前を呼ぶ声。
『優斗。』
何故……彼の声?
頭を撫でる感触。
おでこに落ち着けられる、柔らかな感触。
「…………あっ。店長っ!?」
恭平くんの声に、ハッと目を見開く。
「え?」
「店長、その日本酒常温保存じゃ……」
「あっ!!ああっ。何でっ!馬鹿、俺。ああつ……」
握っていたケースだけではなく、さっきから運んでいた6ケース全て、慌てて冷蔵から運び出す。
恭平くんは何も言わずに、発注分を車に積むと、急いで帰ってくるから、無理をせずに残りは置いといてくれと言われてしまう。
不甲斐ない。生活の基盤が端からボロボロと砕けていて、みっともない。
…………このままじゃ……駄目……だ。
恭平くんが2回目の配達に出かけて、ひとりになった店で蹲る。ぎゅっと目をつぶると、耳元で幻聴が聞こえる。
……このままじゃ、駄目だっ。
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