三岳優斗

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三岳優斗

「マジで、悠斗(ゆうと)って神がかってるよな!」 そう言って叩かられる背中に、何かが深く突き刺さる。 「俺もそれ思ってた。神様、二物を与えすぎじゃない?」 クラスに出来た人だかりの円の真ん中で、俺は独り勝手に傷ついていく。何も知らない友人は、俺の肩を抱き、「すごい。凄い。」と言いながら、俺が渡された芸能プロダクションの名刺を人から人に渡し、移していく。俺に出来るのは、いつものように笑って、出来るだけ早く人の興味が鎮火するのを待つ事。息を殺すように、笑顔を貼り付けた人形になって…… 「ぅわっ……」 シーツを握りしめて目を見開いたまま、思わず叫んでしまう。誰もいない自分の部屋の天井を見つめて、『時』と『場所』を確認する。 よかった。夢だ。 なんでもない随分前の記憶なのに、何度も見て、俺を地獄に突き落とす。どうしたら、忘れられるんだろう……。 深く呼吸をして起き上がる。あれから、何年もたった23歳の男の手をみて、安堵する。 夢は、夢だ。現実じゃない。 そう自分に言い聞かせて、ベットを降りた。時刻は朝の9時を指しており、憂鬱な現実に携帯のホーム画面を閉じる。顔を洗い、歯を磨き、服を着替え、用を足せば男の身支度など終わる。 バイクに乗って、コンビニでコーヒーとパンを買い店に着くと9時半だった。 「よっしゃ。」 いつも通りの朝に、頷く。目覚めは良くなかったが、起きてからは変わりない。店のシャッターを開けると、薄暗い店内に僅かに光が入る。服屋などに比べるとあきらかに光が入らないのは、酒の味が変わらないように。少し今どき風に木材で明るい棚並びにはなっているが、酒がびっちりと並んだ棚は、素人には手に取りにくい。店内の片面がガラスで仕切られ、ワインセラーとなっている。手前には見栄えが良いワインセラーだが、その奥にはビール瓶や酒樽がケースごとそのまま積まれている。 店を開けたといっても、客が来ることは少なく、いつもの定位置であるカウンターの電話の前に座って、電話番をするのが主に昼間の仕事となる。開店の時間は10時だというのに、9時50分から電話はジリリンとなり始める。 「はい。みたけ三岳(みたけ)酒屋です。あ、お世話になります。はい。はい。ありますよ?前と同じだけでいいですか?あ。今日はバイトが昼からだから、1時くらいになりますけど。はーい。ありがとうございます。」 電話の内容を注文票に記入して、電話を切る。切ったら直ぐに電話はなる。今日も変わりなく、主に飲食店やホテルからかかってくる電話をとっては、注文表を書き、ケースに店ごとの酒を集めていく。
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