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「起きろ。6時だ。」
頭を撫でる感覚が心地よくて、手でその手を頭に擦り付ける。
「……んん……。手?……って!!手っ!!?」
一瞬で、その手が自分に触れた記憶が蘇る。
「手……手で……って、なんでっ」
飛び起きて座り込む布団のシーツは、自分の家の物とは比べ物にならないほど肌触りがよく、その肌滑りも昨日の熱と共に思い出す。
「うそだろ……」布団に顔を押し付けて、頭を掻き毟る。
「おい。」
その頭に、手が置かれて身体に戦慄が走る。恐る恐る頭をあげると……。
「起きろ。」
ぺしんっ。
中指でデコを弾かれる。はっ?!
「服は、俺のでいいだろ?」
ベットの上にほおり投げられた服は、受け取られる事も無く、布団から床に落ちていく。
「…………え?」
服を置き去りにして、部屋から出ていく。
普通過ぎない?よく分からんけど、本当に普通の事なのだろうか……。
いろいろな格闘の末、置かれた服を身につけて部屋を出ると、リビングでコーヒーを入れていた佳史と目が合う。
「おい。いつまで待たせるんだ。早くしろ」
そう言ってよこされるコーヒーは淹れたて特有の甘く焦げた香りに満ちていた。
会話しようとしても、うまい言葉が見つからず、示された椅子に座って、コーヒーに口を付ける。
カウンターテーブルの椅子は高く、彼に合わせて付けられたキッチンが佳史さんのスタイルの良さを表していた。
目の前にエッグベネディクトがサラダを添えて出されて、目が点になる。
「え……作ったんですか?」
「ああ。ナイフとフォークでいいか?」
「あ。いえ、あの。こんな申し訳ないです。すぐ帰りますので……」
「お前が食べないと捨てる事になる。」
もう、席から立つことは出来なくなる。強引だと思う反面、その内容が親切なだけに憎み切れない。
「時間は間に合うのか?」
「あ……はい。大丈夫です。」
「本当に、覚えてないんだな。」
その言葉に顔を上げると、佳史さんは楽しそうに笑っていた。
「えっと……何かしましたか?」
そう訪ねても答えてくれない。ただ、食べ方が分からない、雑誌で見て知っているだけのエッグベネディクトを食べ始めてくれたので、それを真似て必死で完食した。
助かった事に、男の言葉は多くなく、気まずいことを除けば、さっさと帰ることが出来た。
食事が終わった後は、特に何も無く玄関にむかった。
「あの……泊めてくれてありがとうございました。」
「気にしなくていい。それより……」
その後の言葉が聞き取れなくて、「はい?」と聞き直してしまう。
佳史さんは、美しい口角を片方だけ上げて、意地悪く楽しそうに繰り返す。
「店を手伝ってくれる約束だが、来週同じ時間に店にきてくれ。」
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