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「おはようねー。ゆうちゃん。」
入口の方から声が聞こえると思い、振り返れば常連の富田のおばちゃんが立っていた。滅多に無いとはいえ、たまにこうして来客も来る。
「あー。富田のおばちゃん。どーしたの?」
「それがねー。お醤油を変えたら、爺ちゃんに怒られちゃってねー。ゆうちゃんとこは酒屋さんなのよーって言っても、ダメなのよー。お願いしてもいい?」
三岳酒屋は2代目酒屋だ。古くからの客は、爺ちゃんが酒蔵の隣で醤油を作ってる所が多くあるので、醤油を取り扱っているのを覚えている。
「富田さんとこは、菊丸だったよねー。多分まだあるよー。待っててね。」
「ごめんねー。」
奥の倉庫から出した醤油を見せると、「そうそう。これこれ!」と富田のおばちゃんは笑う。
お金を貰って、店の外まで送ってから、ケースに酒を詰める作業に戻った。
「ちーっす。」
「あ。もう昼か!」
店の扉のベルがなり、作業の手を止めて入口を見ると、バイトの恭平君が手を振っていた。
「店長昼買ってきたよー。昨日言ってた、三輪田屋さんの日替わり弁当。」
「まじか!たすかるわ!!まだちょっと手離せないから、置いといてー。」
「はーい。俺倉庫で着替えて来ますね!」
恭平君の背中が奥に引っ込むのを見て、きりがいいところまで酒を出し切ってしまう。1人で細々としていたかった願いとは裏腹に、真面目にコツコツやっているせいか、1人では回らなくなってしまった3年前。大学1年生だった、恭平君を雇って2人で回している。恭平君はここと酒蔵でバイトをして、人望まで繋いでくれる三岳酒屋の看板息子になりつつある。まだあと1年間大学生活が残っているが、恭平君を失うのではないのかと、戦々恐々としている日々だ。
「店長ー。まじ、俺の分の弁当までありがとうございます。」
まさか食い物で釣っているとは言えずに、気にするなと笑っておく。
「バイト12時からだろ?早いけど、先食ってていいぞー。」
「ヤバい。まじ俺一生店長について行くわっ!」
本当かと問いただしたい気持ちは飲み込んで、「頼むぞー。」とだけ返し笑っておく。
手持ちのケースに必要な酒を全て入れ終わった時に、カウンターから電話が鳴る。
「はい。三岳酒屋です。」
「こんにちは。いつもお世話になってます。ハピネスです。」
「あ、はい。お世話になります。今日は時間早いですね。」
ハピネスはホストクラブでほぼ夕方近くに電話がある店だ。こんな時間に電話があるのは初めてだった。
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