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昼からの仕事は、深夜営業の店からの受注と、納品の商品を揃えること、店に入荷してくる酒を確認して片ずけることだ。夜になったら、恭平君が帰ったあと、1人配達をしてやっと一日が終わる事になる。
「ただいまぁー。」
恭平君の声に入出荷を打ち込む手を止め、パソコンから顔をあげる。
「うわっ。もう終わっちゃったんですか!早く終わらせて手伝おうと思ってたのに……」
なんて可愛いことを言ってくれる。
「えー。何がねらい?」
「そんなんじゃなくて、店長マジで働きすぎっすよ!てか、何気に細マッチョですよね。樽8とか、俺なら絶対終わらない。」
机にうなだれて上目遣いで見られると、ドキリっと胸が鳴り慌てて目をそらす。放ったらかしの髪が長くなってきていて、上手く隠れる事に感謝して恭平君に従業員用の飲み物を進めた。
「水分はちゃんと取ってね。」
「店長、マジで神っ。」
屈託のない無邪気な笑顔も、近すぎる距離も多くなればなるほど、こっちの心は重くなる。知らない所で裏切っているような気持ちが、従業員への待遇をどんどん良くしてしまう。そう思えば、少しも神なんてモノじゃない。
「あ。そーいえばホストクラブの店長がヘコヘコしてたッスよ?新規ってそこっすか?」
「うん。多分値段よろしくってことだと思う」
「ちょっ!前もオープンの所に、採算合わない金額で出してたでしょ!」
「え。嫌……ほら。オープンって何かと大変だし。それに、俺は花とか出さないし……」
「いやいや!花より現物支給ッスよ!そりゃ、仕事減らないってー」
「あ、まだ9時かぁ。なら、1時間早く上がりましょうか?」
言われて時計を見ると10時まで45分も残っている。
「いいよ。俺の為に急いでくれたんだろ?もう、給料計算終わってるし、そこは気にしないで。店閉めもお願いしたいし。」
のんびりしててと告げたのに、恭介君はため息を1つ落として倉庫に消えた。
「棚の酒拭いときます。そーゆうとこっすよ。」
9時半を目処に事務作業をやめて、車のキーをとる。要冷蔵の酒を車内に運んで、恭介君に声をかける。
「じゃあ、店出る時に戸締りよろしくね。」
車に乗り込んで、エンジンを回すとどっと疲れが押し寄せてくる。
信号の合間に、ボサボサの髪にタオルを巻いて、前髪で目元を隠す。ダッシュボードの中にある、メガネと指輪を取り出し薬指にはめた。
ヨレヨレのシャツにジーンズ。
(大丈夫。ちゃんと、ダサい。)
夢見が悪かったせいか、少しでも整って見える所や、良く見える所は無いかいつもり入念になってしまう。
今から行く場所は、繁華街。本当なら足を踏み入れるのだって嫌な場所だ。
(さっさと渡すもの渡して、帰ってこよう。)
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