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「困ります。俺っ。ほんとに……」
慌てて立とうとすると、ザワりと店内がこちらに注目する。
(え?えっ!?)
見渡せば、この近くの2席ほどが、他の作りよりも豪華絢爛として、シャンデリアに合わせた宝石の簾がついていた。
「あ。そんな格好で、ここで立っちゃうと目立っちゃうよ?座って。座って!それと、飲んでた方が店に馴染むから。ね?口付けるだけ。」
(あ。床が他より高いんだ……)
だから、こんなにどの席からも見られてしまう……
「ごめんね?オーナーが座るってなると、VIPじゃなきゃ釣り合わないから、困るよね?」
少しも困っていない顔で微笑まれて、触らずしてソファーに押し付けられてしまう。
気がつけば、後ろから人がやって来て、トレーに持ってきたものを、琴根さんがせっせとテーブルに並べていく。
「いや。あ……あの……」
「さーせん。トシです!ね。三岳さん!俺っ。覚えてない!?」
「え!あの……誰ですか。」
「えー。覚えてない?ほら、先週も、先々週も酒受け取ったの俺じゃん!」
「え。……そう?そうだっけ……」
「ここ、VIP席すごいね!!俺、1度でいいからココで接客するの夢なんだよねー。憧れだよねー。俺じゃ、ぜんっぜん座れなくて、いいなー。ね!つなぎなら俺ダメ?お願い。俺の夢叶えてよっ!」
気がつけば、両手を握りこまれて覗き込むように見上げられる。
(この子、絶対俺より背高いのに、すごっ……)
「おいっ!トシっ!!黙れ。わがまま言うな。」
琴根さんの声色が再び低くなって、慌ててトシ君(?)の手を取る。
「えっと。いいです。大丈夫です。……お願いします。」
今でさへ、キャパ越えなのに、さらに知らない人に接客などされても困る。覚えてないけど、俺を知ってて利用してくれるというトシ君の存在は渡りに船だった。
「えー!!マジで三岳さんっ神!!俺何でも聞くよー。あ、何飲む?」
「三岳さん。俺、少し席外すけど、適当にトシと飲んでて。オーナー連れてくるから。」
「あ、えっと。いや……あの」
「三岳さん。どれ?」
目の前にドンっとメニュー表を見せられ、言葉につまる。もう一度琴根さんの方を見ると、そこにはもう姿が無かった。
(完全に、置いていかれた……)
「ね。どれ?」
促されて目を落としたメニュー表には、5桁以上の酒しか記入されていない。
(ね、値段もVIP……)
ため息をついて、その中でも飲みやすく甘めの酒を選んで、指を指す。
「あー。甘いのかぁー。」
あからさまに苦手そうな顔を見せるトシ君に、苦笑する。
(それでも、この子が居てくれるだけ助かるし……)
「トシ君が好きなのも頼んでいいよ。」
「は?……え。マジ?」
キョトンとした顔は今までの表情と違って、あどけなくてこちらが驚いてしまう。
「……何この人。……大丈夫?」
小さく呟かれた言葉は聞き取れない。
「え?どれ?」
聞き返すと、ニッコリ微笑まれた。
(あ。あれ……俺……もしかして……)
スっと指さされた酒の値段にため息しか出なかった。
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