第二章  ナシマチ アキラ

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第二章  ナシマチ アキラ

 ふざけるな、いい加減にしろ! 誰のお陰で役員報酬が貰えていると思っているんだ!?  俺のやり方に文句があるのか!? 出しゃばるな、お前は俺のやり方を引き継げばそれでいい! 何のためにお前をここに置いているのか、そんなことも分からないのか!? 余計なことを考えるな、お前の脳みそになんて誰も期待しちゃいない。  お前なんて、脳みそナシマチでじゅうぶんなんだよ! 第二章 ナシマチ アキラ  これで目覚めは五度目になる。五つのオニキスをベッドの上に並べて、ニイナは消沈していた。  イツホのことは解決したはずなのに、どうしてこうなるのか。  何故アオイは今日、アリマチと会っていた? 離婚したとはいえ娘――ニイナにとっては孫――のこともあるので定期的に会っているのは知っていたが、それが今日だったのか?  ニイナの娘であるアオイと結婚し、子どもをもうけたアリマチアキラは二年前に突然失踪したが、三日後には連絡がついていた。  どんな顔をして謝ってくるのかと思いきや、あの男は突然いなくなったことに対する謝罪はしたが、もう家にも会社にも戻るつもりはないと言い放ったのだ。アオイとはもちろん離婚することになり、まだ小学生の孫は訳も分からず泣いていた。あんな身勝手な男に一時期でも大事な会社と娘を任せようと考えたのが間違いだったのだ。  そして自分は何故死んだのか。歩道橋の階段で足を滑らせただけ? いや、その前に、確かに衝撃があった。誰かに押されたのか? だが、周囲には誰もいなかったはずだ。  イツホの対応の仕方は分かった。次はアオイ……いや、アリマチか? アリマチのやつをどうにかしなくてはいけないのか。この後に及んで、何故あいつのことで頭を悩ませなくてはいけないのか。 「アリマチ……アリマチ……?」  そう言えば、この繰り返す一日の中で、何度かアリマチの名前を聞いていた。その中から、何かが引っかかる。何か、何か……。  ――すみません、今日私からお電話していて、その、アリマチさんのことで、連絡があって。そのことを伝えたら、アオイさんから社長に電話するとおっしゃっていて、携帯にかけてみるって……。 「そうだ、電話だ」  事務のタケナガが、何か知っている筈だ。そういえば今までも時折、何かを言いかけていたことがあった。  早めに出勤してタケナガから話を聞いて、その後でエレーベーターホールでイツホを待つ。いや、その前に、アオイに電話だ。今日は出歩くなと釘を刺しておかなくては。  朝の七時を過ぎるのを待ってアオイに電話すれば、不機嫌な声が響いてくる。 「なに、お父さん。こんな時間に……いま朝の支度してて忙しいから、後にしてくれない?」 「あ、あ、すまない。お前今日、アリマチと会うのか?」 「はあ!? なによ、急に。……今日はそんな予定無いけど」 「本当か!? じゃあ、今日はもう家を出るな! 買い物も行くな!」 「お父さん、さっきから何言ってるの?」 「ママぁ、ごはんまだー?」  電話越しに聞こえてくる甘えん坊な声は小学生の孫娘、サユリだ。アオイに何かあれば、この子も悲しむ。 「……いいから言うとおりにしろ! お前は俺の言うとおりにすればいい!!」 「はあ!? ちょっ……」  一方的に通話を終えると、ニイナの中に家族を守らなくてはいけないという使命感が巻き起こった。  そもそも、全ての元凶はアリマチなのだ。当時役員扱いだったアリマチが失踪し、アオイと離婚することになり、全ての仕事を放棄したことで、その仕事を割り振ったサクマが妻にあたるようになり、ニイナが恨まれるようになった。  この繰り返される一日を止める為に必要なのは、アリマチとの対峙なのかもしれない。  ニイナが次にしたことは、出勤してタケナガを社長室へと呼び出すことだった。 「な、なんのお話でしょうか……」 「君はこれが何か分かるな?」  テーブルを挟んで向かいに座るタケナガは、萎縮しながらニイナの様子を伺っていた。  ニイナがテーブルの上で巾着袋からオニキスを出すと、身を乗り出してそれを見る。 「オニキス……ですか? これが、何か……?」 「きみはパワーストーンに詳しいのか。これは他人からの悪意や、トラブルから守ってくれる石だとは聞いたが、その、時間を戻す能力といったものは、あるのか?」 「いえ私も、そんなに詳しいわけでは……。あと時間を戻す? っていうのは、聞いたことないです」 「そうか」 「……これ、社長の私物ですか?」 「ああ。ブレスレットだったものが、糸が切れてしまって」 「ああ、なるほど。それで残ったのが、五つだけですか。他にはいくつあったんですか?」 「……いくつ?」 「はい。最初はいくつあったのかなって」  思いがけない質問に、改めてオニキスを凝視する。元々いくつあったかなんて、もちろん覚えてはいない。  そうだ。自分が死んで、時間が戻る度にオニキスが戻ってくるのなら、もしオニキスが元々の数に戻ったら、もうやり直しは効かなくなるのだろうか。  ニイナにはあと何回やり直すチャンスがあるのか。それを把握出来ていないという恐怖に突然襲われた。 「……これが本題でしたでしょうか」 「あ、いや、違う。ちょっと待ってくれ」  動揺を隠しながらオニキスを巾着袋に戻し、改めてタケナガに向き合う。 「……アリマチに関係することで、何か、私に、話すことがあるんじゃないか」 「え、あ、ご存じなんですか? 良かった! 社長に言えばいいのか、アオイさんなのか、私には判断出来なくて」  タケナガはホッとしたように表情を崩した。ニイナはようやくアリマチに繋がるヒントを得たと拳を握り締める。 「社長がお見えになる前に、ETCのカード会社の方から連絡がありまして。アリマチさんの名義のカードが、退会処分されているのに使用されてるって。営業さん達は使ってないみたいですし、社長かアオイさん、何かご存じかなと思いまして」 「ETCカード? ……高速を使ったのか?」 「プライベートで使用されてるのかもしれないと思って、詳しいことは聞かなかったんですけど。あの、これ、お電話頂いたカード会社の方の連絡先です」 「ああ、ありがとう」  メモを受け取り、タケナガを社長室から退室させる。パソコンの監視カメラ映像を確認すると、サクマは退職希望者との面談に入っていた。早くエレーベーターホールに行かなくては、そろそろイツホがやって来る時間だ。  前回と同じコーヒーチェーン店でイツホと話し、帰って行くのを見送って、ニイナはメモの番号へ電話した。  ETCが使われたルートと日時を聞くと、先週の平日昼間、隣のY市まで使われている。もちろんニイナが使用した覚えはない。そもそも、アリマチが使っていたカードは今、誰が持っているのか。てっきり処分済みだと思っていたのだが、アオイが持っているのだろうか。  ちゃんと出歩いていないのかの確認も兼ねて続けてアオイに電話をしてみるが、応答がない。  苛つきながら店を出て、娘のマンションに向かって歩いていると、通りがかった駐車場に見覚えのある車が停められていることに気づいた。アリマチの車だ。 「!?」  慌てて近寄るが、車内に人の姿は無い。 「……社長?」  声をかけられて振り返ると、そこにいたのは眼鏡をかけた男――アリマチアキラだった。 「……お久しぶりです。その節は、どうも」  かつての義理の息子であり、部下でもあったその男は、静かに頭を下げた。  顔を上げると、胸元のポケットから落ちそうだったのか、そこに入っていた無骨な形のペンを押し込める。  アリマチはニイナよりは背が低いが、体格の良い男だった。眼鏡をかけており姿勢が良く、知的で清潔感があるビジュアルをしている。  ニイナの後継として働いていたときに常に目の下に作られていた隈も今は無く、ニイナに向ける眼差しも冷静で、それがニイナを逆に苛立たせた。俺はお前のせいで、こんなにも悲惨な目に遭っているというのに。 「お……!」 「今日のこと、アオイさんから聞いていたんですか?」 「あ、アオイ?」  怒鳴ろうとしたところを先手を取られて、ニイナが戸惑う。 「今日、アオイさんから家に来るように言われていたんです。サユリの誕生日パーティをやり直すって」 「アオイ? サユリの誕生日パーティ……? 何のことだ。今朝アオイに電話したときは、きみと会う予定は無いと言っていたぞ」 「じゃあ、アオイさんの独断ですか。先週俺のところに来たのも」 「先週……きみは今、どこで暮らしているんだ」 「Y市です。古くからの友人がカフェを経営しているので、そこで働かせてもらってます」  ETCを使ったのは娘のアオイで確定した。別れた夫に会い行く為に、高速道路を使ったのだ。 「改めてお伺いしますが、先週アオイさんが俺を訪ねて来たことに、社長は関与していないんですね?」 「あ、ああ。初耳だ」 「今度の週末にはサユリと二人で会う約束を元々していましたし、誕生日はそのときに祝うつもりでした。でもアオイさんが突然店にやって来て、当日に娘の誕生日を祝わなかったくせに、何故他の女にヘラヘラ笑っていられるのかと怒鳴り散らして」 「な……アオイがそんなことをするわけないだろう!」 「店の監視カメラに映像が残っていますよ。お見せしましょうか? 俺はもう突然店に来るのも、お客さんの前で大声を出すのも止めてほしいと伝えに来たんです。厚意で俺を雇ってくれている友人にも、迷惑がかかりますし……」  ニイナは愕然としていた。娘のアオイは確かに突然泣き出したりする気分屋なところはあったが、基本的には父に従順で大人しく、男を立てる女に育ったと思っていたのだ。  それが別れた夫の職場に乗り込み、怒鳴り散らしたとは。 「約束の時間より早く行くと誤解させてしまいそうなので、俺は時間を潰してから行きます。社長はこれからアオイさんのところに?」 「あ、ああ……」 「俺のことで、お騒がせしてしまったことは申し訳ございませんでした。でも、あのときの行動は間違っていなかったと、今でも思っています」 「お前が急にいなくなったことで、どれだけ会社に迷惑がかかったと思っているんだ!?」 「そうですね。俺もそう考えていたから、ただ耐えるしかないと思って……思い詰めて、頭がおかしくなりそうでした。俺は会社の報連相が上手くいかない環境を変えたかったし、若手が次々離職していく現状を改善したかった。でも、俺が他の人と話し合ってまとめた提案書はろくに目を通されることも無く、全て社長に否定されて終わりでした。余計なことをするな、俺のやり方に文句があるのかと二時間怒鳴られたことは今でも忘れていませんよ」  言われてニイナは、わずかに思い出した。アリマチがいなくなる数ヶ月前に提案書を出されたこと。社内環境を変えたい、新人教育を見直したいと言われ、一から会社を立ち上げて今までやって来た自分のやり方を批判されたようで、頭に血が上ったことを。 「会社では貴方に、お前なんて脳みそナシマチでじゅうぶんだと詰られて、家に帰ってからもアオイさんにどうしてお父さんの機嫌を上手に取らないのかと詰められて、夢にまで貴方が出てくるんです。会社にも家にも居たくなくて、帰りの車の中で咽び泣いたことも何度もありました。あのまま会社に、あの家にいたら、俺はサユリのことまで愛せなくなりそうだった」 「ナ、ナシマチなんて、ただの……冗談だろう、ただ俺は、お前にもっと、しっかりしてほしくてだな」 「俺のためだったって言うんですね。貴方たち親子は本当にそっくりだ。俺がこれが辛い、こういうことを言われたくないと口にすれば、貴方のためにやっているのにって、より責め立ててくる。貴方たち親子はただ毎日、俺の今までの人生や人格を侮辱し続けていたのに」 「それはお前の考えすぎだろう……! ただの気にしすぎだ! どいつもこいつも、ちょっとしたことで大げさに! お前がだた弱いから、悪い方へ悪い方へ受け取っていただけだ!」 「そうですね。俺もずっと、俺が弱いから、俺が頭が悪くてお義父さんの期待に応えられてないからだって、ずっと考えていました。だから……最悪の結末になる前に、逃げ出して良かったって思います」  アリマチは晴れ晴れとした、それでいて少し寂しいような顔をしていた。 「貴方から離れた生活は、一気に心が軽くなりました。多くのものを手放したけれど……もう前の生活には戻りたくありません。俺だって、普通に仲の良い家庭を築きたかったし、サユリの前では愛し合う両親でいたかったけれど、貴方の支配下ではそれも出来なかったから」 「支配下!? いい大人の男が、何を言っているんだ。本当に、大げさな」 「そうですね。貴方はきっとそう言うだろうなと思いました。アオイさんも、貴方から逃げられたら良かったのに」 「アオイが!? どうして娘が父親から逃げる必要があるんだ!」 「でも、お義母さ……モリエさんは逃げることを選びましたよね」  どうしてそれを知っているのかと、ニイナは驚愕する。モリエがイツホにそうしたように、アリマチの前にも現れたのだろうか。 「社長。会社には今、二十代の若手がいませんよね。俺が辞めた後、会社の将来に失望して次々辞めていったはずです。二十代で残っているのは事務のタケナガさんくらいでは? アルバイトはともかく、内勤者には一人もいない。新たに採用しても数年で辞めてしまう。最近ではアルバイトさえすぐに辞めていくんじゃないですか?」 「な、な……」 「今の時代、若い人ほど貴方のような人からは離れていく。会社に残っているのはもう行き場の無い老人たちだけだ。その人たちも、会社の中で極力貴方と関わらないようにしているでしょう? 貴方のように自分の感情のコントロールが出来ない人は、これからますます敬遠されていくと思います。貴方は俺がいなくなっても、モリエさんがいなくなっても、結局変わらなかったようだから……」  アリマチは頭を下げて、ニイナとイツホが話していたコーヒーチェーン店へと入っていった。  めまいのする頭で歩道橋の階段を上り、前回自分が死んだ場所で立ち尽くす。  周囲には、誰も居ない。歩道橋を下りた先に、アオイの姿も無い。  孤独な老人が、震える指で手すりを必死に掴み、一歩一歩、階段を下りていく。 「お父さん、どうして急に来たの?」 「父親が娘を訪ねて来ちゃいけないのか」 「そういうわけじゃないけど……」  アオイが今は娘のサユリと二人で暮らしているマンションにやって来ると、部屋は飾り付けの真っ最中だった。 「……どうして、サユリの誕生日パーティの飾り付けを、またしているんだ」 「そりゃ、やり直すのよ。……誰から聞いて来たの? 悪いけど、今日は親子水入らずで過ごしたいの」 「アリマチと三人で、か?」 「そうよ」  アオイはバツが悪そうな顔で、目を合わせようとしなかった。三十五になってもどこか子供っぽさが残る娘の表情に、ニイナは何から聞いたらいいのか分からない。突然訪ねて来た父親にアオイは落ち着かないのか、くすんだ色の長い髪を手で弄っていた。 「……お前、先週アリマチのETCカードを使ったのか? 今日、タケナガさんから……」 「タケナガって、事務の女? ……やっぱり、不倫してたんじゃない!」 「は、はあ?」 「あの二人、不倫してたのよ!」  勢いよく振り向いたアオイは、血走った目をしていた。ヒステリックに叫んで、手を震わせる。 「急に別居なんて言い出したのは他に女がいたからだったのね。先週だってそうよ。友だちのお店で働いてるなんて言って、結局平日の昼間にカフェランチしにくる暇な主婦とか若い女相手にヘラヘラしてるだけ! やっぱり、私が妻から母親になったのが気に入らなかったんだ」 「ま、待て。不倫ってどういうことだ。あの二人、そこまで親しくないだろう」 「やましいことがあれば隠れてやるに決まってるでしょう!? 今日絶対、そこも問い質してやる……!!」  アオイの全身から怒りが立ち上っている。まるで鬼女のような形相に、ニイナは初めて娘に恐怖を覚えた。 「お前と、アリマチの離婚の原因は性格の不一致、だろう?」 「違うわ、一番の原因はお父さんよ」 「お、俺?」 「そうよ、私はちゃんと……ちゃんとお父さんに言われたとおりやってきたのに、幸せになれなかったのは、お父さんのせいじゃない!!」  張り詰めていた糸が切れたように、アオイは怒りを父親であるニイナに向けた。 「私はお姉ちゃんと違って、会社の経営に関わりたいなんて言わなかったし、言われたとおりバスケも辞めたし、地元の大学に入って、健康で将来性のありそうな男を捕まえたじゃない。結婚したのに働きに出るなんてみっともないってお父さんが言うからずっと家にいたし、娘の名前だってお父さんが好きな女優の名前にした! こんなに……こんなに言うとおりにしたのに、なんで私、いま、幸せじゃないの!?」 「お前、自分の人生の失敗を、全部俺のせいにするつもりか!?」 「自分の思い通りにならないお姉ちゃんのことは勘当したくせに!?」 「な……!?」  長女のことを何度も引き合いに出されて、ニイナは答えに窮した。勘当なんてしていない。ただ、小学校の頃から成績の良かった長女が、会社の経営に興味を示していたことは知っていた。だが、女に後を継がせるつもりなんて頭になかったニイナは一笑したのだ。  すると長女は、ニイナが薦めた地元の大学を受けると同時に、黙って東京の大学も受験しており、そちらに受かるとすぐに家を出て行った。  当時のニイナは荒れに荒れて、妻の前でも次女のアオイの前でも長女のことを罵った。  今まで育ててやった恩や金を返せとも言ったし、失敗作のバカ娘だと罵ったこともある。 「お姉ちゃんのことあんな風に言ってるお父さんに、私は逆らう勇気が無かった。アキラさんが……アキラさんがきっと私を助けてくれるってそう思ったのに、そうはならなかった。アキラさんまで私を置いて、お父さんから逃げちゃった。お母さんまで! もう私だけじゃない。家族の中で私だけ。これから私一人で、お父さんの機嫌を取ってあげなくちゃいけないの?」 「機嫌を取るって、どういう意味だ。俺がそんな人間に」 「ずっとそういう人間だったわよお父さんは! 自分の言うことやることに従わない人間がいるのが許せなくて、家族だけじゃない、スーパーやレストランの店員さんにだって、気に入らないことがあると大きな声で怒鳴りつけるから、私は家族で出かけるのがいつも恥ずかしかった。今日はお父さんの機嫌が悪くなりませんようにって祈りながら車の後部座席で大人しくしてた。アキラさんと結婚して、サユリが生まれて、やっと変わると思ったのに。やっと私をお父さんから守ってくれる家族が出来たって、そう思ったのに……」  アオイがテーブルの上に置かれた花瓶を両手に持つ。 「お、おい……何をする気だ」 「私はもう、このままなんてイヤ。お父さんが死ぬまで、お父さんに怯えながら、ご機嫌を取ってあげなくちゃいけない人生なんて、もう本当にイヤなの!!」  娘の誕生日パーティをやり直すために生けられた花が床に落ちる。  アオイは両手に持った花瓶をニイナに向かって大きく振りかぶったが、ニイナは咄嗟にそれを避けた。だが花瓶から落ちた水がフローリングの床を塗らしており、それに足を滑らせて、派手に転ぶ。 「ま、待て……」  心身共に老いた体はすぐには立ち上がれない。情けなく床を這うと、鬼になった娘が、憤怒の目で見下ろしている。  長い髪を振り乱し、明確な殺意を持って花瓶を振り下ろす娘の姿が、ニイナの両目に焼き付いた。
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