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Precious Memories
今日は短大の創立記念日。
この日はサークル仲間と一緒に集まって飲むのが当たり前になっていた…去年までは!でもこんな時代だから、本当はリモート飲み会がいいんだろうけど、やっぱり皆で直接会いたいねってなって。
緩和した今がチャンスとばかりに、私は昼休みに‘’今日は集まるぞ!‘’とグループLINEにメッセを送った。本当はこの役目はサークルの部長だった瑠奈がいいのに、今は何処で何してるやら。
携帯の受信音が次々と鳴り出して。
大体集まれるのかな?そもそも私達のサークルは6人しか居なくて。他の大学のサークルと協力して合同で波乗りしたり、キャンプしたりしてた。そんな他の大学で知り合った波乗り仲間は、大体その場限りが多いから呼ばない。気心知れた女子が集まる‘’女子会‘’だ。
今日は瑠奈、晴夏を除く私を含め4人で集まることになった。…毎年の事だけど。
「アヤ久しぶり!」
「ナオミ~!あ、カナにマミコも!」
「今年もありがとうね、副部長♪」
「やめてよ、カナ〰️」
そう言って皆でバーのカウンターに座った。ここは短大時代から通い詰めたお店だ。だからマスターも昔から良く知っていて、毎年恒例行事となった私達の飲み会をいつも快く受け入れてくれる。
「とりあえず乾杯!」
皆それぞれ好きなお酒を注文してグラスに口を付けた。
「ん〰️旨い!」
平日だから、仕事帰りのほんの一息付く瞬間だ。
「そう言えばナオミ子供は?大丈夫?」
私が訪ねるとナオミはニッコリ笑って。
「実家に声かけてきたから大丈夫。だってもう来年中学生だよ?」
「え!マジか!…なんか歳を感じる…。」
ナオミは早くにデキ婚したから、もう娘さんはそんな年なんだね。私やカナ、マミコは目を丸くしてビビってた。
毎年会っていても、独身の私は流石に同級生の子供の年まで覚えてられない。
「マスターおかわり~♪」
「はやっ!カナ、相変わらず酒豪だね〰️」
「私も~♪」
「え、皆ピッチ早くない?」
カナは結婚してるけどまだ子供は居ない。今は仕事が楽しいんだってさ。マミコは私と一緒の独身。だけど悲しい恋愛してるって聞いたことがある。きっと叶わない恋愛なのかも知れない。
「カナとマミコは丸の内だっけ?じゃよく会ってるの?」
私はナオミを挟んでカナとマミコに話かけた。
「時々ね。仕事場が近いから、一緒に飲んで帰ったりしてるよ。ねー♪」
カナとマミコは学生の頃から仲が良かった。いつも二人で居たかな。
「ナオミは?花屋順調?」
「まぁまぁかな。」
ナオミは実家の花屋を継いだ。高校から付き合ってた彼とデキ婚して、22歳という若さで出産した。
「アヤは?仕事順調?」
ナオミが私に話しかけてきた。
「うん、まぁね。来週シンガポール行って、現地で食材の検品よ。」
「凄いね!キャリアウーマン、やるぅ!」
「そんなことないよー。私だって今頃結婚して子供居る筈だったのにさ~。」
「彼氏は?」
「居るけど、何か結婚に興味なさそうだから…。」
「そっか。」
私は大手食品加工会社に就職した。今や中堅から係長にまでなりつつあって、忙しい毎日だ。彼氏は同じ部署の2つ年下。だからかな、結婚という未来が見えなくて。
「そう言えばこの前仕事の外回りの時、偶然タクミ君に会ったよ!」
そう話すのはカナで。
タクミ君…
「私が新宿で駅に向かって歩いてる時に偶然すれ違ってさ。声かけてくれて、相変わらずだったよ~明るくて。急いでたからそれっきりだけど。」
懐かしいな、タクミ君。
「アヤ一番仲良かったじゃん?就職した後も会ったりしてさ。今はもう連絡取ってないの?」
カナにそう言われて、何故だか胸がチクッとした。もう随分昔の事なのに…。
「うん、会ってないし連絡も取ってないよ。アドレス残ってるかも怪しいかな。」
「そうなんだ~、何か意外だね。」
「そんなことないよ〰️ただの友達だったし。」
…嘘だ。
少なくとも私はタクミ君が好きだった。けど、そんな私の想い人は…瑠奈のことをずっと想ってた。私達が短大を卒業してタクミ君が就職した後も。あんなにチャラチャラして軽そうなのに、好きになったら一途だなんて本当酷い人だ。どうせだったら軽いままで、雅樹さんみたいに女性をとっかえひっかえしてくれたら良かったのに!…なんて、何度も思ったっけ。
「ねぇ本当に誰も瑠奈と晴夏に連絡取れないの?」
私は3人に聞いた。
「私は携帯変えちゃったからなぁ…」
ナオミは携帯のアドレスを見てため息をついた。
「メッセ送ってみたけど、既読にならなかったから、瑠奈、携帯変えたんじゃない?晴夏はわかんない。」
おつまみのアーモンドを口に入れながら話すのはカナで。
そんな二人を他所に、何か言いたげにしているのがマミコ。
「…すまん!晴夏ならつい2日前に電話もろたわ。」
「え!?」
私達3人で声を揃えて驚いた。
「何で?何で?え?だって私携帯にメッセ送ったけど既読にならなかったよ!?」
私は咄嗟に携帯を取り出してLINEを開いた。
「ウチ見つけたんよ、晴夏の動画。晴夏ミュージシャンやろ?何本か動画あげてんねんで。概要欄にSNSが載っとったからダメ元で連絡してみたんよ。したら返事が来て連絡先教えてもろた。」
「マジ?早く言ってよー!」
いつも何処かマイペースなマミコらしかった。
「ね、電話してみようよ!」
ナオミが言い出して。
「ん〰️でも晴夏、韓国やで?」
「韓国!?」
「旦那が韓国人って言うとった。」
「国際結婚かぁ~。晴夏らしいね~♪」
……。
「電話してみよっ!」
「おっし!どーせならテレビ電話!」
そう言ってマミコのタブレットからテレビ電話をかけた。
♪~♪~
『Hello?ヨボセヨ?』
誰が近くにいるのかな?後ろから‘’違うよ日本語!‘’と言う声が聞こえて。‘’あ、そっか‘’と言う晴夏の声が聞こえた。
「晴夏~!久しぶり~元気?」
皆で画面に映る。
『ワァオ♪アヤ、ナオミ、カナ、マミコ♪久しぶり!皆元気そうだね!』
声が届くのに時間がかかる。やっぱり韓国なんだと思わせるには十分だった。
「旦那さんが韓国人なんだって?」
『そうなの。だから私ら移住組~!』
「あ、そうなんだ!」
…ん?私ら?
「私ら?」
『瑠奈も今ここに居るよ~!』
すると後ろからひょこっと瑠奈が顔を出してきて。
『皆元気?』
瑠奈は恥ずかしそうにしていて。
「瑠奈だ!瑠奈~!皆心配してたんだよ!」
『ごめんごめん。色々あってさ~』
「でも何で瑠奈韓国に居るの?旅行かなんか?」
私がそう言うと瑠奈は苦笑いを浮かべて…
『私も夫が韓国人なんだ。』
「え!瑠奈も?凄い縁だね!」
『んねー、自分でもビックリだよ。』
皆でわちゃわちゃ会話を楽しんでいたら…晴夏と瑠奈の背後に男性が通ったのがわかった。
「あ、旦那さん?見たい見たい!見せて見せて〰️♪」
…なんてリクエストしたら、韓国語で晴夏と瑠奈が話していて。
『モエヨ?』
『アンデヨ〰️オミョンアンデヨ〰️!』
瑠奈が画面の外にいる先程の男性をポカポカと叩きながら韓国語を話していて。
私達はそのやり取りをタブレットの画面から見ていた。
『こんばんは♪』
「!!」
画面いっぱいに旦那さんと思われる人が映って、4人で顔を見合わせて笑った。
旦那さんはその一言だけ言って直ぐに画面からフェードアウトしてしまった。どうやら画面の向こう側でも笑いが起きてるようで。他にも男性がいるようだった。
‘’もう!‘’と言う瑠奈の声が聞こえて、また晴夏と瑠奈が画面に戻ってきた。
『えー、今のが私の夫です。』
「何か凄くイケメンだったね!流石瑠奈♪昔からイケメンに愛された女~♪」
『やめて〰️マジで〰️!』
「あはは!」
『本当のことじゃんねー』
『ハル!』
こうやってお互いをディスりあったり、くだらないこと言って笑ったりするのは何年経っても変わらない。それが移り行く時の中でどれ程有難いことか…。
「あ、晴夏、後でおもろいもん送るわ。」
『え、なになに?』
「見てからのお楽しみやで~♪」
マミコはそう言って何やら携帯をいじりだした。
「じゃ、そろそろ切るね~!帰国する時は連絡してよ。また皆で集まろう♪」
『うん!こっちに旅行で来ることがあったら連絡してね。案内するから♪』
「了解♪それじゃ、またね!部長殿!」
『フフフ!はい!副部長殿!』
最後は皆で画面に映って手を振った。晴夏と瑠奈の画面も同じように二人が映ってたんだけど、その後ろで瑠奈の旦那さんともう一人男性が居て。旦那さんは同じように手を振ってくれてたんだけど、その男性はダンスを踊っていた。
その後、お互い笑いながら停止ボタンを押した。
少し静寂が訪れて…お店に流れてるジャズが聴こえた。
「瑠奈も晴夏も元気そうだったね。」
「そうだね。」
皆でグラスに入ってるカクテルを一口飲んだ。で、ナオミが自分のグラスを見つめながら…
「…晴夏はさ、てっきり雅樹さんと結婚するもんだとばかり思ってたよ。」
雅樹さんは晴夏が短大時代に付き合っていたモデルでお金持ちの彼氏。私も含め誰もが晴夏は雅樹さんと結婚すると思っていた。晴夏が就職してからも幸せそうにしていたのに…。ここにいる4人には聞かされてなかったけど、晴夏と雅樹さんの間には色々あったみたいで。
「ハワイに居るって聞いたときはビックリしたけど。…でも、まぁ幸せを掴んだみたいだから良かったね!」
「そんな雅樹氏は今や代表取締役。」
ほら…とマミコが携帯の画面を見せてきた。
「わ、本当だ!凄いねぇ〰️」
「逃した魚はデカイ?」
「大きいでしょ!」
「どうだか。」
人生なんてどう転ぶかわからない。
だからこうして皆で集まれるのも、もしかしたら奇跡なのかもしれない。
「マミコ、さっき言ってた‘’面白い物‘’って何?」
私は一番端に居るマミコに前のめりになって話しかけた。
するとマミコはまたタブレットを開いて…
「これこれ!」
タブレットに映っている映像は学園祭のもので。
「これ学園祭じゃん!やだっ!マジか!」
恥ずかしそうにナオミが顔を隠した。
「昨日引っ越しの準備しとったら出てきたんよ。」
マミコは年明け地元に帰るそうだ。歯科衛生士の資格も取ったし、そろそろ潮時だって言ってた。
「ヤバ!これ瑠奈?」
私は画面の中で踊ってる瑠奈に注目した。
「そうそう!これさ、何かのサークルがバク転出来る人を探してて瑠奈が徴集されたんだよね~」
「嫌だって言ってた割に張り切っちゃってさ!すんなりやってのけるから、本当瑠奈らしいって言うか~」
「そうなんだよね~!」
そんな話をしてたら、カカオトークにグループを作ったマミコがその映像を転送してて。もちろん晴夏や瑠奈にも通知が来ている筈…。
「これ送ったの!?」
「うん。おもろいやろ?」
「あはは!ヤバいヤバい!」
「悪いやつだね〰️」
皆で昔話に花を咲かせて、楽しく飲んで笑って…。
ナオミは、花屋とフラワーアレンジメントのスクールで毎日忙しいみたい。子供も居て幸せな筈だけど、そうでもないみたい。
カナは、百貨店勤務。旦那さんと今不妊治療するかどうかで悩んでた。独身の私には何もしてあげられなくて…。
マミコは、長年の上司との関係を解消すべく、歯科衛生士の資格を取ったから大阪に帰るそうだ。
「じゃ、また。皆で集まろうね!」
「うん!アヤも仕事頑張ってね!」
「ナオミも!」
「なんか寂しいよー…」
「カナ、泣かんで〰️!ウチもらい泣きしてまうやん!」
一人が泣けばまた一人つられて泣く。
皆で泣いて笑った創立記念日。
毎年の事だけど、これがずっと続くとは限らない。マミコは大阪だし、本人は遊びに来る気満々だけど正直わからない。
回りの風景ばかり変わって、私は学生のまま取り残されたような気分だった。
こうしてまた一年歳を取って、それぞれの道を進んで行くのかな…。
「皆、元気でね!!」
最後は満面な笑みでそれぞれ帰路に着いた。
次の日、私は車で出勤した。
金曜日の夜は時々ドライブして帰るのが日課だ。それは一人の時もあるし、彼氏を乗せることもある。二人の時は大体ソレ目的で車を走らせてホテルや自宅に行くことの方が多いけど。何で私は今時クーペタイプのスポーツカーなんて買ったんだろ?
多分憧れてたんだと思う。
『出来る女の代名詞』
母が見ていた昔のドラマか何かで、キャリアウーマンが乗りこなしていたのを覚えていたみたい。あれ、格好良かったんだよね~♪
‘’今日はジム寄ってから帰るから‘’
私は彼氏の側に来て、そう書いた付箋をパソコンに貼った。
「了解です。お疲れ様でーす。」
ニッコリ笑って私を見送る彼氏。彼は昼間起きたクレーム処理で残業だ。
私も彼氏に微笑んで、自分の部署のフロアーを立ち去った。
オフィス街の一角の、会社からは死角になってるコインパーキングに停めておいた車に乗り込む。
エンジンをかけるとFMから良いムードの曲が流れてきた。私はハンドルを握りながら一呼吸して、パーキングを出た。
そのまま車は海岸線を目指す。
まぁまぁ遅い時間帯だからだろうか、SIRUPの『slow dance』が流れたと思ったら、間髪いれずに切ないlove songが流れた。
久しぶりに来た夜の海。
こんなセンチメンタルな気持ちで1日過ごしたのは何年振りだろう?
タクミ君…。
今頃何してるんだろ。
タクミ君との出会いはナンパだった。それも瑠奈と晴夏の連絡先が知りたいから、その為の餌にされただけだった。
最初はチャラチャラしてるし、顔は良いけど闇っぽい雅樹さんと一緒に居る辺り、怪しいなぁとガードを固めてたんだけど。瑠奈の相談を乗るうちに、それは見た目だけでスポーツ大好き、仲間思いの好青年だと気付いた。
…けど彼が恋をしたのは瑠奈だった。
一目惚れから始まった恋。中々振り向かない瑠奈に何度もトライしては玉砕されて私に愚痴るタクミ君。
「ねぇアヤちゃん!もー何でだと思う?」
「えー、私に聞く?わかんないよー」
私達は大体こうしてカフェで恋バナをする。
「はぁ…瑠奈ちゃんそんなに好きな男でも居るの?」
「あー…ひとり居たわ。」
「え!誰?誰だれ!?」
「…レオナルド・ディカプリオ。」
……。
「あはは!そりゃ勝てないわマジ!」
タクミ君は爽やか青年だから笑うと本当に幼くて。そんな彼が口を大きく開けて笑う顔が私は好きだった。
私は短大を卒業して今の会社に就職したんだけど、瑠奈は専門学校に入り直してまた学生になった。タクミ君は就職活動で忙しくしていたから、瑠奈とは疎遠になってしまって。でも私はタクミ君と時々会ってご飯行ったりしてたんだよね。
今考えると、何で会ってたんだろ?
私からご飯行こうだなんて誘ったことはなかった筈…。
『アヤちゃん俺の話聞いてくれる?』
何だか口癖の様にタクミ君は私に言ってたな。いつも行くカフェで、タクミ君はアイスラテ、私はキャラメルラテを頼んで…。瑠奈の話や雅樹さんの愚痴とか色々話をしたね。
海を見てたら、色んなもの、思い出しちゃったよ…
不意に携帯が鳴った。
彼氏からだった。
‘’今仕事終わったよ。アヤ、今どこ?‘’
これは誘われてるな。そんなこともわかってしまう自分に呆れる。もうそういう歳なんだよね。
‘’今終わって帰るとこ。うちで待ってて。何か買って帰るわ。‘’
こんな切ない気持ちは彼氏に癒して貰おう。ただ昔を振り返って寂しくなっただけだから…。そう、それだけだから…。
週明け、私はいつもの様に電車で出勤した。昔は意気がって10cmのヒールで頑張ってたけど、今では5cmがいいとこ。そんなパンプスを履いて駅の階段を掛け登る。
電車の中で音楽を聴きながらネットニュースを見る。いつも通り、変わらない日常。
「おはようございます。」
自分の部署のフロアーに着いて、出勤している同僚や先輩、後輩に挨拶を済ませ、私は自分のデスクのパソコンの電源を入れた。
メールのチェックをして業務の準備をする。携帯を見ると彼氏からメッセージが来てた。
‘’今週末は何処か出掛けようよ~♪‘’
彼は何かご褒美が無いと頑張れないタイプ。それを知っているだけに、うやむやに出来ない。だから私は…
‘’何処か遠出する?ずっと我慢してたしね‘’
そう返信した。
私のデスクの位置からでも見える彼の嬉しそうな顔。
そういう素直なところ、可愛いし好きだなって思う。年下だからっていうのもあるけどね。でも、結婚となると不安になるのは何故だろう?彼が頼りないから?そんなことはない。私が迷ってると彼は意外とスパッと決めてくれたり、こっちだよと道を示してくれる、そんな人だ。
何でこんなに心が晴れないんだろ…
週末彼氏に愛されて幸せな時間を過ごした癖に、私は朝から何とも気持ちが乗らない、そんな気分だった。
トイレに行って口紅を塗り直した。
私なりの気合いの入れ方だ。少し濃いめの色をチョイスして、鏡の中の自分に言い聞かせる。頑張れ、大丈夫だと。
今日は支店に行く用事があったから、お昼は支店の近くのカフェで済ませる事にした。
私が行ったのは…新宿支店だった。
まさかね…なんてちょっと期待しながら過ごしていた。
カフェの窓際のテーブルで、私はバケットサンドとミネストローネを食べた。街行く人と外の風景を見ながら、時々携帯に目をやる。携帯のアドレスって良く見たら使ってないものばかりだな~ってスクロールさせてみたり。
そして気が付いた。
画面にある文字を。
『タクミ』
私のアドレス帳にその文字は残っていた。
それは知っていたし、わかっていたのに気付かない振りをしていたんだ。見ないようにしていたと言った方がいいのかも。
…だからと言って、今更連絡しても…
最後に連絡を取ったのはいつなのかもわからない程年月は経っていた。
‘’久しぶり!元気?‘’
そんは簡単な文言すら入力するのを躊躇ってしまう。
何度も入力を繰り返しては削除をする。
「はぁ…何やってるんだか…」
私は携帯をしまってコーヒーを飲み干すと外に出て駅を目指した。
こんは時代だから皆マスクに手袋。仕舞いには帽子にクリアな保護メガネをしたり。
だから…
すれ違っても中々わからない筈なの。
それなのに、私は…
「タクミ君?!」
あの背格好に髪型、タクミ君だと思った。
だから、私は急いでタクミ君と思われる人に近付いて声をかけようとした。
「すみません!」
人混みを掻き分けて、時々ショルダーバッグがずり落ちそうになりながら。
必死だった。
でも…何でそんな必死になるの?
そんな自問自答しながら、私はその人を追いかけた。
信号が赤に変わってしまって…。
私は横断歩道を渡った後も辺りを見回した。だけどその人は見つからなかった。
マスクだらけだし、わかる筈ないよね…
私は何でこんなに一生懸命になってるんだろ?もう何年も会ってない人に、もう思い出の中の人でしかないのに…
だって…結婚して素敵な家庭を築いてるかもしれないじゃない…
タクミ君とは…限らないのに…
携帯をポケットから取り出した。
さっきまで途中になっていたメッセージ。
指が震えて携帯を落としそうになる。
こんなことして何になるんだろ…
でも…タクミ君にもう一度、会いたい…
勇気を出して送信してみる。
‘’久しぶり。元気?‘’
結局その一言。それしか送れなかった。
…けれど、何日経っても既読になることはなかった。
年明け、大阪に帰ったマミコからメッセージが来た。
‘’ちょっと!晴夏の旦那ってこの人ちゃう?‘’
添付された写真を見て、私は目を見開いた。某有名韓国人アーティストだった。
「えー!まさか、まさか違うよきっと!!」
…でもなぁ、瑠奈の旦那さんも何処かで見たことあるんだよなぁ。
晴夏の旦那さんがもし同一人物だったら、確かグループの一員だったような…。
そう思ってネットを開いたら…
「え、え、え〰️!」
心臓が飛び出すとはこの事だ。
そのグループに瑠奈の旦那さんが居て。
「うわ…マジかよ…」
グループメッセージには
‘’嘘だ!違うよ!そんな訳ない!‘’
散々言いまくった後に…
‘’本当です‘’
その言葉と共にそれぞれのツーショット写真が添付されていた。
逃した獲物は大きい…んじゃなくて、逃して良かったね、瑠奈も晴夏も♪
「アヤ、何処か行きたいところない?」
いつもの駅までの帰り道、彼氏が徐にそんなこと聞いてきた。
「んー、特に無いけどなぁ。」
何だろう?そう思っていたら…
「そう?じゃぁ、俺と…」
‘’チャペル行かない?‘’
寒いこんな日は腕を組むより手を繋ぎたい。手袋なんかしないで、お互いの体温を感じて暖め合うの。
すれ違う人の中に、そんな私達を見て歩みを止めた人が居た。視線は反対斜線からだったから、誰だかわからないし遠くて見えなかった。気のせいかもしれない。
「…どうした?」
「ううん、何でもない。あ、ねぇ指輪はさ…」
そんな話をしながら、私達はゆっくり駅に向かって歩いた。
それは忘れもしない11月。
冬の訪れを感じるそんな季節に起きた出来事だった。
end
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