悪い男

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悪い男

その人は肌が色白で目がパッチリしていて、可愛いと言うより綺麗…そんな言葉が似合う人だった。でも笑うとえくぼが出来て、実年齢より若く見えたのはそのせいだった。赤茶色のストレートの髪をなびかせて、今日も赤い自転車で家にやってきたその人は、兄貴の彼女で許嫁。 そして…僕の初恋の人…。 【悪い男-1】~初恋~ 僕は二人兄弟の次男坊。2つ上の兄貴は秀才で運動も出来る才色兼備。そんな兄貴にいつも比較されて生きてきた僕は、すっかり擦れてしまって。中学では学年トップの癖に、金に物言わせて不良とつるんでた。 高校は親の薦めで名門高校に入学。見た目も頭も文字通りのお坊っちゃま。でも隠れてクラブのアンダーグラウンドに出入りして遊んでた。成績も相変わらず常にトップを独占していたし誰も文句を言わないはずなのに、両親…特に母親はいつまでも僕と兄貴を比べてた。 何時になったら解放されるんだ… いつかこんな人生からお去らばしてやる。 そんな気持ちを心の奥底にしまいながら、今日も作り笑いで、日々の嫌なことからすり抜けるように生きるんだ。 「できが悪くてごめんね。」 口癖になりつつある言葉。 母さん、僕はこの言葉を言う度自分を傷付けてるんです。 それをわかって下さい… そんな心の言葉が届く筈もなく。すっかり歪んだ精神でそのまま大人になってしまった僕は、どうすれば自分の都合良く人を動かせるか、欲しい物を手に入れられるか、手の下し方を覚えてしまった。 兄貴が大学二年生、僕が高校三年で卒業を控えた年の瀬に、兄貴は僕に彼女を紹介した。 「俺の彼女で翌々は結婚するつもりだから。」 「へぇー」 「初めまして、茜です。」 聞けば親の薦めた縁談で付き合い出したそうだ。…今時お見合いかよ…古! 僕の家は名実共にお金持ち。父親は大手ゼネコンのトップだし、親戚はその親会社の社長や会長だ。だから家柄を考えてお見合いしたんだろう。彼女もそれはそれはいい家柄のお嬢様だった。 …何かつまんねー人生。 兄貴は生まれながらにして敷かれたレールの上でしか生きられない可哀想な人だ。ところが僕はそんな兄貴を嫌うどころか、慕っていた。母親は嫌いだけど、兄貴はいつも僕を可愛がってくれたから好きだった…心配して大丈夫かと。でも彼女が現れたことで、その気持ちに変化が現れた。 あまりにも兄貴と彼女が眩しくて… 二人は同級生で本当にお似合いだった。いつも幸せそうで。いつしか彼女が兄貴に見せる笑顔を、僕にも見せて欲しい…出来るなら僕だけに見せてくれないかな…なんて邪な考えばかり浮かんできて。今考えてみると、多分自分なりの初恋だったんだと思う。ある日彼女が僕に尋ねた。 「お兄さんと同じ大学に行くのかと思ってました。どうして?レベル下げてまで…」 「僕は常に二番手なんで。家から近いし通いやすいし、これでいいんです。」 「そう…。何か勿体ないですね。」 そんな悲しそうな顔しないで欲しい。その気がある男ならきっと色んな手を使って自分の物にしてると思うぞ? この頃の僕はまだ小心者で。…いや、正確には兄貴という歯止めがあったからどうにもこうにもならなかった…そう言うべきかな。 大学は一応六大学の一つだったから、両親は特に何も文句を言わなかった。そもそも僕に興味は無かったから。そりゃそうだ。兄貴が無事家業を継げば後はどうでもいいんだから。 大学に入ってから、僕はイメージを変えた。今時風に。モテたいとかそんな理由ではなくて、ただ単に今を生きる…そんな理由だった。 そしたら背丈もあって、中高とバスケットに打ち込んでいた僕は街でスカウトされた。誰もが知っている雑誌の読者モデルだった。 あろうことか、僕が読者モデルをやっていることが大学中に知れ渡ってしまい、僕は一躍時の人となった。 「ねぇ知ってる?政治経済学部の…」 「あー知ってる!超かっこいいよね!」 「そうそう!背が高くて…細マッチョ?」 「顔も目が切れ長でイケメン♪」 こんな会話がなされているうちは良かった。ただ、僕の昔を知っている奴が中には居て。 「でもさー、私の友達に同じ中学だった人が居て。相当の悪だったらしいよ?」 「え!警察沙汰とか?」 「それがね、自分では決して手を下さないらしくて。」 「やば!腹黒い一番達の悪いやつじゃん!」 「しかも高校生の癖にクラブで女捕まえて、とっかえひっかえしてたらしいよ!」 「わぁ!モテそうだもんね、大人っぽいし。」 「全然そんな風に見えないのにね~大石君。」 僕の名前は大石雅樹。 又の名を… 『悪い男』
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