1348人が本棚に入れています
本棚に追加
大きな男だった。見上げないと顔が見えない。男は、廊下に落ちたガムの包み紙を拾い上げると、「はい」と言って捨てた本人に差し出した。
「いるかよ、馬鹿」
行こうぜ、と二人が去っていく。ゴミを受け取らずに行ってしまった。「待て」と呼び止めようとする僕を、男が止めた。
「ああいう人っているよね」
笑って、手のひらでゴミを丸める。
「腹が立たないの?」
「まあ、いつかあの人にもわかるときが来るといいなと思うよ」
なんだそれは。大学生になってゴミをゴミ箱に捨てられない奴が、いつか改心するとでも思っているらしい。気の長い話だ。
「わかるときなんて来ないよ」
「うん、そうかも。こういうのって、親の背中なのかな」
のほほんとした口調でそう言うと、思いついたように付け足した。
「あの人に、すごく好きな人ができて」
「……はあ?」
「その相手に注意されたら、もしかして悪いことだって気づくかもね」
去っていった二人の背中を見ながら微笑む男は、その日から、僕の友人になった。
同じ学年で、同じ学部の倉知七世という男は、変わった奴だった。
どこが変わっているか。
僕に話しかけ友人になろうとするのだから、相当変わっている。
最初のコメントを投稿しよう!