君とは違う、僕

1/10
前へ
/10ページ
次へ
壁も床も。 何もかもが白い部屋。 その白い部屋から見えるのは、高い高い青い空。澄み切ったブルーに、白くて立体的な雲が映える。 もくもくもく、と形容できる雲の形。 夏。 時々、聞こえてくる遠雷と、ふとした瞬間に鳴き止んでしまう蝉の声に。もうすぐ雨が降るのだろうかと、気が急いてくる。 白いシーツで敷き詰められたベッドに腰掛けているのは、君。 サイドテーブルにちょこんと乗っかっている桃をひとつ取って、丁寧に指で皮を剥き始める。 産毛の立ったほんのりと薄いピンクの皮が、血管の浮き出た君の細い手によって、すうっ、すうっと剥がされていく。 僕がしばし、その様子を見ていると。 ふうわりと、桃の甘い香りが漂ってくる。 僕はこの匂いを、ずっと覚えているのだろうな。 夏。 君と過ごした、この夏を。 さあ、君が桃の皮を剥き終わるまでに、僕は話してしまわなければならない。 君とは違う、僕の話。 そして。 君の話。 ✳︎✳︎✳︎ 僕がこの高校を選んだのは、ただ学力がそれぐらいだったというだけではなく、家から比較的近かったというのもあったけれど、何と言っても君がこの高校を受験すると小耳に挟んだからだった。 「花乃(かの)ちゃん、どうして公立なの? 別に私立でもよくない?」 中学ももうすぐ卒業という時、廊下でひとり、開いた窓からぼんやり外を眺めていると、隣のクラスから甲高い声とそれより少し低い声が交わす会話が、耳に入ってきた。 「ううん、私立はない。だって、お金が高いもん。公立の方が、断然安いよ」 「えー、そうなの? そんなお金の話なんて、聞いたことなーい」 花乃の友達の軽い言い方に、少しだけの嫌悪を覚えた。 世間知らずめ。 父子家庭で育った僕の背中が、嫌味な声を上げそうになる。けれどまあ、僕の背中が叫んだのだから、当の本人には聞こえないし、僕に罪はない。 「だから公立」 「そっかー、うん、そっかー」 もう一度背中が叫びそうになったが、それと同時に首の後ろがそわっとして、僕は手のひらでそれを押さえた。そうだよ、僕んちも決して、裕福じゃない。 (……だから、おんなじ公立の高校に行こう) 僕は僕の中で、小さく決めた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加