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花乃の母親がヒステリックな人だと知っていたからだ。
まだ二年ある。だから、また明日会えばいい。
そう信じて疑わなかったから、この時が花乃との最後になるとは思いも寄らなかった。
✳︎✳︎✳︎
もう少しだけ、話を続けよう。どうか、聴いてくれないか。
あれは、中学の入学式の日。
僕はその日に限って寝坊してしまったものだから、大慌てで学校へと向かったんだ。
僕の母は、君も知っている通り、僕を学校へと送り出したことが一度もない。家にいないのだから、まあそりゃ仕方がない。父はその日出張で、早朝に僕を起こしてから、家を出た。
僕は眠たい頭で起きたけれど、リビングのソファで二度寝をしてしまい、それで入学式だというのに関わらず、寝坊で遅刻という失態をおかしてしまったわけだ。
マンガなら、僕も遅刻で、君も遅刻。道路の曲がり角でドスンとぶつかって、やいのやいのと言いながら、学校の屋上で式をさぼって空を見て。
けれど、現実にはさ。
僕らはぶつからなかったし、僕だけ遅刻だったし、それで君は入学式で倒れて保健室で眠っていたから、出逢うこともなかったし。
僕は、ただ。君を見かけただけだったんだ。
遅刻の言い訳を考えながら、急いで校舎の裏を横切り、体育館へと向かう時、過ぎゆく窓にふと目を遣ると、そこに君が眠っていた。
白い頬、通った鼻筋、ふっくらとした唇。伏せられた長い睫毛が印象的だった。
保健室のベッドはカーテンで囲ってあるけれど、ベッドは窓際のギリギリまで寄せてあって、校舎裏からならこうしてよく見えるんだな。
知らなかった。
校舎裏からは、保健室のベッドが覗けるということもだけど、君という同志のような存在が、この世にあるなんてことも、その時は。
僕は君を見つめていた。
眠っている、その寝顔に釘づけになった。
その時に好きになったんだと思う。
だから、もう一度、眠った君の顔が見たかった。
二年もあるのだからと思わずに、残された時間を大切に生きれば良かったんだ。
明日があるからなんて思わずに、今日という一日を。今日という、かけがえのない大切な大切な日を。
何にも誰にも恐れることなく、君に好きだと伝えれば良かった。
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