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「……この辺りにまだ子供が居たとは。此処から少し下ったところに、一軒だけ住人が居たな。そこの子供か?」
「ばあちゃんちだよ。俺は住んでないけど」
「そうか。孫が遊びに来たか」
男の微笑は透き通るようでどこか儚い。
「その花が気に入ったか?」
「……嗅いだことない、いい匂いしたから」
「それほど珍しい花でもないだろうが……此処はまた格別かもしれぬな」
男が辺りを見回すのに釣られて顔を向けると、自分が上って来た石段の前に立つ鳥居から、ぐるりと両脇へ境内を囲むように、みっしりと橙色の小さな花をつけた木が並んでいて。
それはどこか夢のようで、見事で、ずっと眺めていたくなる風景で。
その中に男が佇む様子はまるで一枚の絵だった。
風が吹くとまた新たな香りが流れて来て、すん、と甘い香りを吸い込むと胸に幸せな気分があふれる気がした。
俺の様子を見ていた男は、ふむ、と立ち上がると一本の枝を取り
「ひと枝、貰うぞ」
と静かに手折った。
男は再び俺の前にしゃがむと、折ったばかりの枝を差し出す。
「お前にあげよう。持って帰るといい。……その代わり、二度と此処に来てはならないよ」
「どうして?」
困ったように、男は言った。
「お前がいい子だからだよ。……神様に気に入られて神隠しされないように」
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