2/3
202人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
「……この辺りにまだ子供が居たとは。此処(ここ)から少し下ったところに、一軒だけ住人が居たな。そこの子供か?」 「ばあちゃんちだよ。俺は住んでないけど」 「そうか。孫が遊びに来たか」  男の微笑は透き通るようでどこか儚い。 「その花が気に入ったか?」 「……嗅いだことない、いい匂いしたから」 「それほど珍しい花でもないだろうが……此処はまた格別かもしれぬな」  男が辺りを見回すのに釣られて顔を向けると、自分が上って来た石段の前に立つ鳥居から、ぐるりと両脇へ境内を囲むように、みっしりと橙色の小さな花をつけた木が並んでいて。  それはどこか夢のようで、見事で、ずっと眺めていたくなる風景で。  その中に男が佇む様子はまるで一枚の絵だった。  風が吹くとまた新たな香りが流れて来て、すん、と甘い香りを吸い込むと胸に幸せな気分があふれる気がした。  俺の様子を見ていた男は、ふむ、と立ち上がると一本の枝を取り 「ひと枝、貰うぞ」 と静かに手折った。  男は再び俺の前にしゃがむと、折ったばかりの枝を差し出す。 「お前にあげよう。持って帰るといい。……その代わり、二度と此処に来てはならないよ」 「どうして?」  困ったように、男は言った。 「お前がいい子だからだよ。……神様に気に入られて神隠しされないように」
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!