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後ろから突き上げる衝動に女は耐えるように、シーツを掴む。もわっとした湿気を含む風が障子を開けた外から入ってくるが、熱を分かち合っている二人には届かない。鈴虫の鳴く庭に漏れるのは二人の交わる音ばかりだ。
白い肌は吸い付くように男の肌を熱くする。流れ出る汗にもかまわず、二人は肌を合わせ、むせかえるような汗の匂いを嗅いだ。
「名前を呼んで」と喉の奥から絞り出すように女がねだると、それに素直に反応するように男が呻く。
男は女をうつ伏せにさせ、腰を高く持ち上げた格好で背後から抱きしめる。男も女も、声を抑えない。女の名を呼ぶ男の声は、低く響く。
「……またお兄様ね、離れに行ってと、何度も言っているのに」
そう言って私は読みかけの小説を閉じた。朝日新聞の連載で話題となったその小説は、兄と妹の道ならぬ恋愛を扱っている。プラトニックな関係を描くその小説は、面白いが現実はそれほど美しくないと思う。
襖で隔てられた奥の部屋では、今晩も新婚夫婦である兄が獣のように交わっている。あの女はまるで私に聞かせるように、大きな声で喘いでいる。兄も兄だ。何も私や父の住む本宅で交わらなくとも、この広い屋敷には離れがある。
何度も夜は離れで過ごしてほしいと懇願しても、あの女はわざとらしく私を見て、本宅がいいとのたまった。
「だって、昭栄さまは皇彰の総本家のご長男、跡取りですもの。離れに行く理由がありませんわ」
まるで、出ていくべきは私であるとその目が語る。女は私と同じ年齢であるにもかかわらず、まるで年上であるかのように振舞っている。
昭和40年、夏。東京オリンピックが終わり日本全体が沸いた後の、気怠い夏。セミの鳴き声がうるさい季節となって、夜は障子をあけ放ち蚊帳を張ることが多い。
だが、勘弁して欲しい。男女が淫らに交わる声と音を毎晩聞かされる身にもなって欲しいが、少し呆けている兄は気がつかない。
春、満開の桜が咲く季節に兄は結婚した。相手は由緒ある皇彰家の長男としては異例の、母子家庭の娘が伝統の大振袖を着た。それも、もう既に兄嫁の母親は死んで身寄りがないという。だが、皇彰家の特殊な事情がその女を嫁として迎えることを歓迎した。
「まりえは、皇彰家の親族ではないからね」
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