背徳の檻

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 長身の兄は、その怜悧な顔に似合わずどこかが外れている。数字や記憶力は強いのに人の心の機微がわからない。これも皇彰家の濃い血がもたらした、本家たる証拠であると親戚のうるさい叔母たちが言う。  また今年の盆も、顔もわからない先祖の百回忌があるから、嫌味ばかり言う親戚と顔を合わせなければならない。  皇彰(すめらぎ)家はかつての大地主であり、今も投資会社を運営している。戦後、地主たちが没落していく中で上手く生き残った家だ。兄は本家の正妻の子、跡取り息子として大切に育てられてきた。  一方、私の母は父の遠縁にあたる親戚の娘で、いわゆる不倫相手の妾の子だ。それでも本家で育てられてきたのは、その母が産後の肥立ちが悪く、もうすでにこの世にいないからだ。 ――皇彰家は同じ血を求める――  古くから伝わるこの家の呪いともいうべき性質。同じ血を求める、それは婚姻相手に血の近い者を求める性質を言う。  父の正妻も、元々は従妹だ。だが兄はこの呪いを断ち切るように、妻にと選んだのは全く皇彰家と関係のない女だ。  同じ血を求めた果てに、皇彰家にはまともな男児が生まれにくい。それに気がつかぬ一族ではないが、止めることのできない激流のような感情が同じ血を求め、代々の本家の男の嫁は近いか遠いか、親戚の娘であった。  それが、ようやく。皇彰家の第十四代当主となるべき昭栄は、皇彰家とは関係のない女を嫁とした。親族一同がまりえを認めた大きな理由がそれであった。  だが皮肉なことに私もその呪いにかかっている。 ――私は兄を愛しているからだ。 「お兄様、もう、なぜあんな女と結婚したのですか」  休日の昼間、あの女が出かけた隙に私は兄に話しかけた。うだるような暑さの中でラヂオから流れる歌謡曲を聴いていた兄は、タバコを吸い白い煙を吐いた。 「あの女って、まりえのことか?」 「そうよ、あの女、私にこの家を出て行けって言うのよ」  兄はラヂオを消した。流行の歌謡曲は消しても頭の中に残るが、今はそれを追い出した。 「茉莉花が出ていくことはないよ」  兄は夕刊を広げ、私の方を見ないでぼそりと話す。 「そうだね……、彼女を選んだのは、お前によく似ているからだよ」 「似ているって、全然似てないじゃない」 「……似ているよ、髪の色とか。後ろから見ると、お前そっくりだ」
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