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この女は以前、有能なタイプライターとして父の秘書をしていた。そこで兄が彼女を見初め、結婚することになったから、私より父と兄の仕事に明るい。そのため、妹である私を軽んじている。
睨みつけてもこの女は動じない、薄い微笑みを張り付けた顔をしている。勝ち誇ったその顔を許しているのは、毎晩この女を突き上げる兄がいるからだ。
悔しい、異母妹でさえなければ。血のつながりさえなければ今ごろ、毎晩愛されているのは私だったはずなのに。お前など、私の代わりでしかないのに。そう叫びたくなる声を途中で押しとどめ、私は長い廊下を引き返す。
「あの女、いつか追い出してやる」
声にならない叫びを歯ぎしりしながら、私は飲み込んだ。
女には密かな噂があった。父の昭彬のことを好いているから、兄の昭栄と結婚したと言う。――馬鹿げている。
父は確かに美丈夫な類の男性であるが、白髪交じりの髪をしたもういい年齢だ。かつて、若い頃には女に手を出していたようだが、私の記憶にある父はいつも穏やかで家で本を読む姿しか想像できない。
だから、まさか。あの女と父が。
その日、父の部屋の前で女中が困った顔をしていたので、ちょっと声をかけただけだった。
「どうしたの、お父様なら部屋にいらっしゃるはずよ」
「ええ、そうですが、あの、若奥様も一緒に部屋におられて、その……」
少し空いたドアから覗くと、そこには椅子に腰かけた父と跪いてその股の間に顔を埋めているまりえが見えた。
――なんてことを!
父はまりえの髪を優しく撫でている。どう考えても、まりえが父のものを咥えているのは明らかだ。
私は女中に目配せして下がるように言う。この家の中のことを外に漏らすような女中は、この家では働けない。女中は頷くとサッと下がっていく。
私は沸々と湧いてくる怒りと諦めとおぞましい気持ち悪さに吐き気がしてくるが、そのうち父が終わるとまりえが喉を鳴らしていた。
「いつもすまないね、君は天下一だ。誰よりも上手だよ、まりえ」
「ふふっ、大旦那様。またいつでもお呼びくださいね」
「あぁ、いいね。君が家にいるというのは」
一体、二人はどういった関係なのだろう。そしていつから、始まっているのか。
この家は、狂い始めている。あの女がこの家に来てから狂いだした歯車が、カラカラと乾いた音を立てて回り始めている。そしてそれは、私の中に辛うじて残る細い倫理の鎖を引きちぎる勢いで、私を襲うようであった。
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