背徳の檻

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 女は真っすぐに私の方を見て口を開く。 「あなたのお母様よ、その危ない人」 「はぁ? あなた、何を言っているの? 私の母は、私を産んでからすぐに亡くなって、って、まさか」 「そう、そのまさかよ。最近でもニュースになっていたでしょ、戦後の混乱した状態での赤ちゃんの取り違え」  今度は私が女を見る。その、赤ちゃんの取り違え、いや取り換えられたことを考えたことが――あった。古くからいた女中頭が言っていたのだ。 ――お前はお花に似ているね。あの女中のお花も、同じ頃に女の赤子を産んだから、取り換えられていたりしてね。  ただの意地悪かと思っていたその言葉は、年がたつにつれて私に重くのしかかる。私は全く、兄に似ていない。母の血を濃く受け継いだからだ、と思っていたのに。  ショックを受ける私の前で、まりえはまたタバコを吸い始めようして、マッチを擦るがなかなか火がつかない。よく見ると彼女の手が小刻みに震えている。 「だからね、茉莉花さん。あなたがあの女のところに行くのよ。あの女が呼んでいるのは、……あなたよ」 「そんな、そんなこと急に言われても」  疑い始めるとキリがない。混乱する私に女が話しかける。 「茉莉花さん、私ね、あなたのこと嫌いじゃないのよ。お花という女がいつもね、あなたの話をしていたの。」  そう言って、女が棚から探し出して私に渡したのは、方眼ノートに綴られている日記帳だった。 「これには真実が書かれているわ。でもね、これを読んだらすぐに家を出て。お金が足りなくなったら、銀行に連絡して頂戴」  女は偉そうに私に命令すると、私を部屋から追い出した。廊下に取り残された私は、その手渡された日記を読み始めた。それは、丁寧な字で綴られていた。 ――20年前、私たちが生まれた頃の日本は、未だ戦後の混乱があちこちに残っていた。  生まれてきた娘は茉莉花と名付けられた。皇彰家の長男、昭彬の妾の子。その妾は皇彰家の遠縁にあたる女で、もともとは女中として嫁入り前に働きに来ていた娘だった。その娘に昭彬が手を出して妊娠させた。昭彬には既に妻も、子もいたにも関わらず。  その妾を憎々し気に見つめる目があることを、誰も気がついていなかった。妾の女中仲間の女で、同じように昭彬に手を付けられた花も、ほんの少し前に女の子を出産していた。
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