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露
ひと月余り逢わなかった人に招かれ、此処へ来ていた。
夜半のうちに降りた水の粒で、地面はごく薄く化粧をして光っている。うす曇りの早朝は未だ蒼く、仄暗い。
ぽつぽつと卯木のひらく垣に沿って進むと、檜の数寄屋門が開かれている。
ひと抱えもあるような煤光りのする門柱の傍へ、いつも通り、主が立っていた。
番傘を提げ持っている。撫子を染めぬいた緋色の傘で、梅雨前に僕が贈ったものだった。
「お早うございます」
「お早うございます」
彼女は、袖口から小さな銀の炉を取り、差し出した。
「お手もとに、」
毬形の表面には唐花の透彫が施され、紋様に沿って燻した銀が鈍く光る。それが肌理細かな白い掌に載っている姿を見て、両者が離れるのを惜しく思う。
下手に包むと、円い重みとともに、冷えた指先をじんわりと温めた。
内側の自在には小さな炭が熾こしてあり、熱灰に沈香の刻が炷いてあった。甘い匂いが古渡めいて、鼻腔と心を満たしてゆく。
彼女を見やると、寒さで僅かに上気した頬で微笑ましく、そしてやはりこちらを見ているのだった。
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