4人

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 一夜明けても未だ消えないで揺らめいている影に教室中の皆は夢中で、窓の外ばかり見ていた。ひどく大きく、複数のゆらゆらと蠢く影は同じ地球上にあって、でも地面の上に建つ何物にも干渉しないで在って、自由だ。まさに未曾有の事態だが、政府や軍組織ができる限りの厳戒態勢を敷いていたのも既に解除されている。ひとまず何も害は無さそうだと判断したのはほぼ全世界国民達共通の安堵の認識で、今ではただの大掛かりなショーのような位置づけになっていた。野次馬根性とは多くの人間が持って生まれるものだろうか。既にSNSなどで撮影された画像は数多く拡散されていたが、日本の中ではこの都市だけに影は現れていて、それを自慢とするのか、未だにスマートフォンで撮影をしてたった今担任に注意された奴がいた。そんなことより、清郁(きよくに)としては黒板の前に立つ転校生から目が離せなかった。朝のHRがざわついているのは転校生のせいではなく影のせいであって、その、転校生の汐崎(しおざき)(みちる)の相貌に注視する人間は自分だけなのではないかと何故か頭のどこかで直感していた。黒く艶やかで真っすぐ長い髪に色白で小顔で、大きく黒目がちな瞳はどこか浮かない雰囲気で沈んでいる。彼女もまさか転校初日の世界がこんな事態になっているとは思っていなかったのだろう。ただでさえ心許ない立場なのに落ち着かない教室で取り残されて居心地が悪いのかもしれない。二年生の中で一人だけパリッとした真新しい制服の彼女は、担任からの手短な紹介が済んだあと今朝運ばれていた後方の席へと歩いて行く。清郁の横を通り過ぎざま、一瞬、瞳だけでこちらを見た気がした。突き刺さる程に見つめられていた事に気づいていたのか、その反応があったことに一気に心臓がドッドッとうるさくなり項が熱を持った。甘い緊張を覚える中、頭の奥で、ふっ、と過ったのはぬるい水の揺れる音の記憶。それもすぐに忘れてしまった。
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