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21. 海田町市街~健斗の怒涛~
「さぁて!」
零治の命令を受け、エニアックは後退を開始した。ワインレッドに塗られたジャグリオンの左手には煙幕手榴弾。
目の前には敵が迫ってきている。ピンが抜かれて、一、二、三秒──
「スモーク展開!」
マシンガンを乱れ打ってくる敵に対し、手榴弾が投げ飛ばされる。
撃針が落ち、爆発するまでには五秒。それを三秒待って投げた事で、爆ぜた手榴弾は即座に辺りを煙で覆っていった。
「今から後退する!」
[ラウンド了解。毒ガス騒ぎに乗じて自衛隊が展開を完了したみたいだから、後は任せて]
「じゃあ、自衛隊に土産を置いてく! ロボに対抗できなかったら大変だろ~」
エニアックは機体の左腕で、地面に突っ伏した豪攻車を掴み上げた。
背後からの強襲で後部の搭乗ハッチを失い、座席の背もたれをパイロットごと放り棄てられたが、まだ動ける様子だ。
無理やり立たされた機体は、エニアックに引っ張られた事で自動的にバランスを取ろうと後ろへ進んでいく。
「よう自衛官さん! これ使えるかな?」
エニアックの背後には、トラックと共に歩いてくる自衛隊の歩兵部隊──
彼は機体に敬礼させると、豪攻車をその場に置いて彼らを跳び越し、去っていく。
「これは──」
「敵が使っているロボじゃないか! 武器も持ってる!」
「俺たちに、これを使えって事か……?」
八人組の歩兵小隊は、これを見て困惑したが──いや、その内の一人が機体に歩み寄っていく。
八人の中の、後から続く四人組の二番目。胸から無線のアンテナを伸ばした部隊長らしき人物だ。
「小隊長、まさか乗る気ですか?」
「俺たちの装備を見ろ。──こいつに通用するように見えるか?」
「──! た、確かに……小銃では効くようには思えません」
「決まりじゃの。現状、こちらの対戦車兵器は数が限られとる。鹵獲したこいつを有効活用するしかないで」
地元の広島言葉の訛りが強いこの人物は、豪攻車のコクピットの中に身を沈めていく。
「少し離れてくれ──カンを試すけぇの」
七人とトラックが、豪攻車から離れる。
稲井は足元のペダルを試しに踏み、機体を前後に動かし、その場でぐるぐる、また逆方向にぐるぐると回った。
同時にレバーも動かしており──
「大丈夫そうじゃ。行けるで!」
その声と共に機体の左手を上げ、トラックに対し手招きし、そして敵が居るであろう前方へ──向き直った。
ペダルの操作は足回り、レバーの操作は腕、これを押さえれば誰でも操縦できる。持っている銃の構造と操作方法はAKシリーズと変わりない。
そして予備の弾丸は、機体前面のチェストポーチにたんまりと残されている。
「小隊展開! ここで敵を迎え撃つ!」
稲井の小隊は鹵獲した豪攻車を先頭に鶴翼の陣を形成し、煙幕の向こうにいるであろう敵部隊を睨みつける。
敵は後退するエニアックを撃つつもりで弾を乱れ撃っているが、狙いをつけておらず稲井たちには当たらない。
そもそも敵は煙幕で目を塞がれ、狙いをつける事ができないのだ。だが、その内の一発が、豪攻車の頭を掠めて乾いた音を立てた。
「反撃開始!」
敵は煙幕の向こうだ。小隊長の号令で各隊員が銃を撃ち始める。
ここに自衛隊史上初の「実戦」の幕が切って落とされた。
JR向洋駅。そこを海田市側へ少し過ぎた場所で、電車が横転している。
乗っているのが普通の乗客ならすぐにでも救助が必要な状況だが、多数の重軽傷者がいるにも関わらず、中の少年兵たちはこちらへ銃弾を浴びせてきていた。
中からは呻き声が聞こえているが、少年たちは傷ついた仲間を助ける事もせず、アサルトライフルを、そして対戦車重火器を撃ってくる。
メルテルシスこと御蔵はこの様子に、バスンと音を立てて飛んできた対戦車榴弾を回避し、舌打ちした。
「ジョニーマクレーン、もう一度あいつらに投降を呼びかけてくれんか?」
[了解した。今度は俺が知ってるアフリカの複数の言語で順に呼びかけてみるぜ]
状況は膠着している。
向洋駅から海田市駅に向かう線路は大きく緩やかにカーブしており、電車は制限速度を超えるオーバースピードでそこを無理やり突破しようとした。
メルテルシスは咄嗟に、愛機が携える大剣でレールを「切断」する事で進撃を阻止したのだが──
[こちら、ランドキーパー。今、お前らの後ろに到着した。ジョニーマクレーン、メルテルシス、応答してくれ]
「メルテルシスじゃ。目の前の転がった電車に気を付けてくれ。中のガキども重火器を持っとるぞ!」
[……脱線してんじゃねーか]
「しかもマイクが電車の中から呻き声を拾っとるんじゃい。投降を呼びかけとんじゃが、応じる気配が無ぇ」
メルテルシスは受け答えしつつ、マイクの感度を調整して電車の中の会話に聞き耳を立てる。
ただ、彼はアフリカの言語に触れた事が無い為、何をどう話しているのかは解らない。少なくとも泣くような声を上げる小さな少年に対し、年上の少年が何かを怒鳴っているという事だけが解る程度だった。
隣にいるジョニーマクレーンも、投降を呼びかけつつ中の聞き耳を立てているらしく、その言葉はアフリカ中央部から東西南北の狭い地域の言語に絞りこみつつある。
最も、少年兵たちはそれでもこちらに銃を撃ち続けているが。
[駄目だな──]
「やるしかねぇか……」
[ドリルサージェントの話の内容から、英語、フランス語、スーダンの公用語のアラビア語、行商人たちが使うリングワ・フランカ、スワヒリ語、覚えがある言語は片っ端から試してみたんだが。あいつらの話している言葉には俺が知らない言語も混じっていてな……]
流石に、元特殊部隊で頭脳にも優れるジョニーマクレーンでも、全部の言語はカバーしきれない。
「一部が解るだけでもスゲェわ……。俺には何を言っとるんかさっぱりじゃ」
[メルテルシス、撃ってくるやつだけ片付けてくれ。血気盛んな奴が周りを脅してるみたいでな……]
「あぁ、そこだけは解った。──さぁて」
装飾だらけの赤いジャグリオンが、おもむろにその大剣を地面に突き刺す。
そして背中に手を伸ばし──
[ククリナイフ? いつの間にそんな物を作ったんだ?]
「まぁ見とれ……」
言うが早いか、メルテルシスは背中から取り出したその大きなナイフを、おもむろに機関銃を撃つ少年に投げ放った。
「わあぁぁぁぁ!?」
少年は自分に迫る刃を撃って止めようとするが──柄からは轟音が響き、刃はその回転の勢いを増して銃弾を切り裂き、機関銃を上下に真っ二つにしながら少年の首を撥ね飛ばす。
まるで急にヘリコプターが飛ぶかのように速度を上げたナイフは、そのまま次の獲物へと向かって行く。
次の少年が持っているのは無反動砲・SPGー9、先程メルテルシスを狙った大砲がナイフを撃つ!
「一本だけじゃと思ったか?」
少年が横からの風を切る音に気付いた時にはもう遅かった。
振り向いた時には胴から首が離れ、頭はスローモーションの中で鳥のように空へ飛び立ち、そして少年は見た。
骨まで寸断された自身の首から下と、そこから繋がる血の流れ。驚愕して叫ぼうとするが声など出せない。
頭だけになっては身を守る術も無く、少年はそのままアスファルトの地面に激突して転がり、その一瞬にして意識を閉じた。
同時にメルテルシスの遥か後ろで先程の砲弾が爆発を起こし、何故か撃たれたはずの一本目のナイフが、大剣に並ぶように地に突き立った。
[何なんだ、そのナイフは……]
「新兵器じゃ。ジョニー、もう一度投降の呼びかけを頼めんか?」
突き立った刃の柄から放たれる轟音が止まり、メルテルシスはそれを拾い上げると、機体の背中に再び背負わせる。
音を発していたのはジェットエンジンに似た構造を持つモーターだ。先の制御された動きは、これのせいか──
今、丁度手元に戻ってきたもう一本のナイフもまた、その刃にべっとりとした血糊が塗りつけられていた。
[解った、もう一度だ]
ジョニーマクレーンが、再び投降を呼びかける。
ランドキーパーの分隊四名の後ろからは自衛隊のトラックが現れ、隊員たちが次々と降りてきていた。
「この少年たちは?」
隊員の疑問に直接答えたのは──
「捕虜じゃ。重傷者もおる」
メルテルシスだった。
ようやく投降に応じた少年たちは、武器を捨てて次々と電車から這って出てくる。
「撃ってくるやつだけはどうにもならんかったが──」
「……」
ナイフの片割れが、騎士を思わせるジャグリオンの背中に戻る。
そして再び、機械の腕に大剣が握られる──。
「次へ行く。敵はまだ来るぞ──」
ランドキーパーが前へ進む。メルテルシスもそれを確認すると、彼の後に続いた。
山陽本線・海田市駅。
橋を超えたリトルボーイこと隆義、ドクターエイブルこと義辰は、指定された目標地点に到達する。
[こちらジョニーマクレーン。ムカイナダの方はカタがついた。電車に乗っていたのはみんな少年兵だ。今、後方から追いついた部隊が捕虜とケガ人を収容している。]
無線での報告を聞きながら、二人はシ式の足を止めた。
[ラウンド了解。こちらもドリルサージェントが戻りました。エニアック、今どこですか?]
[こちらエニアック、川に沿って南下中。もうすぐ轟震がいる海に出る]
[続けてだが、一応ムカイナダの状況を報告する。電車はカーブをかなりの勢いで突っ込み、メルテルシスがレールを切って横転。民家に突っ込まず線路の上だったのは不幸中の幸いだ。メルテルシスは、そうなるように斬ったと言ってる]
[ジョニーマクレーン、横転した電車が線路を塞いでいる、という事ですか?]
[その通り。レールが電車四つ分並んでいるが、その全部が塞がった]
[横から、あいちゃんですよっ! 山陽本線と呉線、両方が塞がりましたね。敵が無茶しなければ良いんですがー]
[ここに敵が突っ込むようなら大事故確定だ。完全に動けなくなる。最も、それをやりそうな奴らだからな……]
周りが話しているのを聞き、隆義は線路の先を眺める。向洋は大きく緩やかなカーブの先だ。ここからでは見えるはずもない。
[ドクターエイブルだ。リトルボーイと共に海田市駅に着いたぞ。指示を待つぜ]
[了解。敵が線路を使って侵攻する可能性は断たれたようです。山陽本線の側から敵が来る事を警戒したけど──]
[橋には爆弾が残っている。俺たちが離れると、いざって時に橋を落とせなくなるが──ところで電車の横転の件はJRに伝えたのか?]
[メルテルシスじゃ。そこは抜かっとらんで……今、向洋駅で緊急非常停止ボタンを押した。通ってるやつ全部な。これで警報があっちに伝わって様子を見に来るはず。じゃが状況は戦闘中、イタズラじゃない事だけでも伝えといた方が良いかもな!]
[ムカイナダより状況報告完了。オーバー]
そして轟震の中で、ラウンドこと零治は思案する。
時間にして三秒──
[ドクターエイブル、リトルボーイ。新たな指示を出します]
[さて、何をすれば良い?]
[先の戦闘で信号をロストしたドローンを探してください。あれも貴重な戦力なので──。発見次第、僕が予備のジャグリオンを遠隔操縦して取りに行きます]
「リトルボーイ了解」
[おう、任せろ]
[ただ、橋に迫る敵を警戒する任務を忘れないでください。敵を警戒しつつでお願いします]
今はドローンたった一機でも貴重な戦力──しかも搭載された偵察機材は決して使い捨てではない。高価なのだ。
[リトルボーイ、ついてこい。ドローンの信号が消えた地点に行くぞ!]
「了解!」
そのドローンは天滅との戦闘に入った際、二人の真上にいた。二機のシ式は来た道を引き返し始める。
つまりは、また先程までいた橋へと逆戻りであった──。
さて、敵の動きは──
陸上自衛隊と「覇の国」軍による戦闘の火蓋が切って落とされたのは、つい先程の事だ。
新島 健斗の耳にもその報告が入り──
「何だと? 間違い無ぇのか?」
彼にとっては、相当意外に思えた。
[我が方と撃ち合っている連中は、みんな迷彩の戦闘服を着ておりやす。陸上自衛隊、海田の第四十六普通科連隊に間違いありやせん]
「だが、実戦経験の無ぇ腰抜け揃いだろ。恐れる事ァ無ぇはずだ」
これまで一度たりとも戦う事の無かった張り子の虎、銃を持つものの腰抜け揃い。
健斗にとって自衛隊員とはその程度のものという認識であった。これは健斗だけでなく、覇の国を構成する新島組もそういう見方をしている。
故に彼らは「容易に勝てる」と踏んで海田市の攻略戦を実行に移していた。
[未確認ではありやすが、自衛隊の中に我が方の豪攻車を鹵獲して使っている連中がいるらしいです。負けるわけねぇとは思いやすが、念の為気を付けてくだせぇ]
「俺を誰だと思ってやがる──。腑抜け腰抜けに後れは取らねぇぜ」
健斗は通信に受け答えしながら、乗っている豪攻車ごと後ろへ振り返る。行く手に見えるのは国道二号線と繋がる「黄金橋」。
敵が入らないように道を塞ぐ、バスとトラックに装甲を貼り付けた移動バリケードが、門のように開いて道を空ける。
先の毒ガス騒ぎで逃げ遅れた少年兵たちが道の左右へと押しやられており、少なくとも道路の真ん中を邪魔する物は何も無い様子だ。
「俺に続いている連中、全員聞け! ここから先は何があっても止まるな! 海田市まで全速力だ」
テンションを上げるように、頭蛮王のメンバーがバイクのアクセルを吹かす。爆音が辺りを包む中、健斗はそれを気にする様子も無く演説を続ける。
「第一目標は、海田市にある陸上自衛隊駐屯地、第十三旅団本部だ。一番乗りには親父から褒美がある。軽自動車に乗っている連中が一番乗りした場合には、そいつは正式に軍団の一員に加わり、その家族を今の奴隷生活から覇の国一般国民の階級に引き上げてやろう」
健斗の声はもちろん、自爆車両に改造された軽自動車の面々──霞中の生徒たちにも聞こえている。
だが、助手席と自分の後ろにある物、そして生徒たちに着せられたベストから、自分たちがどうなるかは明かだ。
(麻薬漬けの人間ミサイルに、褒美なんてあるのかよ──)
これから敵に突入させられて死ぬであろう生徒一人一人が認識していた。健斗の言葉が、明らかに「真っ赤な嘘」である事を。
だが、その中に一人、額に汗を浮かべて機会を伺い続ける生徒がいた。
(──八本松に向かうトンネル──!)
二号線の先にある、トンネルが連なる区画。そこに逃げ込めば、健斗の豪攻車から出される自爆信号から逃れられるのか。
どちらにせよ、健斗たちの目を盗んで逃げられるかもどうかも含めて、大きな賭けになる。
そこで健斗は大声で言い放った。
「交通ルールなんざ今は忘れろ、この道を逆走して駐屯地へ飛び込む!」
目の前の道路は、本来ならば広島市へ向かう車が通る車線。
桜小路学院海田市校襲撃を阻止された際、健斗たちが逃げ帰ってきた道でもある。
もちろん彼にとっては雪辱戦だ。自爆車両に人質、肉の盾。どんな手段をも使って勝つつもりでいる。
「さぁ行くぞ、俺に続けェ!!」
号砲一発。
ライフルを空にぶっ放すと共に、健斗の豪攻車が目の前の道へ飛び出す。
それを皮切りに、頭蛮王の面々のバイクと武装車両と黒人の少年兵たち。さらに霞中の生徒たちが運転する、百台にも及ぶ軽自動車──全て自爆車両が続く。
さらに後ろからは生徒たちが逃亡しないように、豪攻車と武装車両に乗った健斗の配下たち、そして乗り物をハイエースに変えたチュスとブチョ、アロハシャツの爺・ジョハルとその一味が乗る軽の箱バンが続いた。
「百人の特攻隊か──」
「あぁ、特等席じゃいのぅ。今度こそ帝国主義に終わりが来るで」
ジョハルはそう息を巻いたが、日本が帝国だった時代は第二次大戦の敗戦でとっくに終わっている。
「まぁ~、攻撃目標が皇居じゃないんが悔やまれるがの~」
「当たり前じゃいや! 天皇一族を皆殺しにせんと、この国の帝国主義は終わらんのじゃい!」
仲間のぼやきに対し、ジョハルはさらに興奮しながら息を巻いた。
「で、自衛隊が出てきたとか言っとったのぅ」
「心配いらん、この車にも銃と一緒に爆弾を積んどるわい! 撃って轢いて圧力釜爆弾で冥土の土産じゃ! 前のガキどもには存分に盾になってもらうでぇ!」
集団全体は時速八十キロに達した。この速度を維持すれば二分半もあれば駐屯地に到着する。
だが、一分少々走ってロイヤルドライビングスクールの看板が見える橋に差し掛かった時──
[自衛隊のトラックだ!]
「先手必勝! 撃ちまくりながら体当たりしろ! このまま突破だ!」
眼前には既に自衛隊の三トン半トラックが列を成し、さらに歩兵部隊が展開している!
銃を撃つのは健斗の方が早かったが──
「反撃開始! 重機関銃、自動擲弾銃、共に撃ち方始めェ!!」
自衛隊側も大口径のブローニング・ヘビーマシンガンと、グレネード弾を連射する自動擲弾銃で撃ち返す!
「うおおぉぉぉ!!!!」
豪攻車・健斗機はアサルトライフルを乱射しながら集団の先頭からさらにスピードを上げて飛び出し、スパイク銃剣を前に突き出して陣地の一つへ体当たりしていく!
彼の隣では武装バイクに乗った一人が、フルフェイスのヘルメットごと頭を跡形無く吹き飛ばされたが、後から続く突進は止まらない!
その様子を見た自衛官たちは──
「こいつら死を恐れてないのか!」
「望む所だ! 身を盾にしてでも敵を阻止する!後続のトラックを前に出せ!」
いや、彼らは冷静だ。
道路を塞ぐ形で後続のトラックが横向きになり停車する。
「我が隊が時間を稼ぐ! 対戦車班、カールグスタフとパンツァーファウストを持って配置につけ!」
「分隊長、手榴弾です──」
「すまんな。──奴らにジュネーブ条約は通用しない。自決の覚悟はできてるな?」
「ええ。自爆するなら三人でも四人でも道連れにしてやりますよ!」
短いやり取りの末、ベテランの曹士と若手の士長が、手榴弾とアサルトライフルを手に、健斗たちが迫る前線へ駆けて行く。
その前線ではさらに、健斗の豪攻車が銃剣で串刺しにした自衛官たちを掲げるように持ち上げ、高架の下へと投げ捨てる。
健斗の背後では、武装車両が、機銃陣地も人もトラックも関係無しに次々と銃を乱射しながら体当たりをかけてきていた。
「こ、このぉ……!」
武装車両のタイヤの下敷きになった隊員が、最期の力を振り絞って手榴弾のピンを抜き、かろうじて見えるエンジンに手を伸ばす。
手榴弾はたちまち隊員の手ごとエンジンを破壊し、燃料ホースからガソリンが漏れ出してきた。
「くそ! 車が!」
「降りろ! 歩いてでも健斗さんに続くんだ!」
ドアが開いた。
だが自衛官の方も、逆の手に……
(ここ最近、禁煙してたんだがなァ……)
ライターだ。
たちまち、ガソリンまみれになった自らの体に火を点ける。
自ら開いたドアに隠れた彼に気付いた健斗の配下は、ぎょっとした。
「──!!」
そしてエンジンから漏れたガソリンは、とっくに彼らの足元まで拡がっていたのである。
「うわああああああぁぁぁぁッ!?!?!!?!?」
「ぎゃあああああああああぁぁぁぁ~~~~~~~~!!!!」
叫び声を上げながら面々が飛び上がった直後、武装車両は爆発──!
「怯むなァ! 仲間の仇を取れーッ!! 全速力で突っ込めぇぇ!!」
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
バイク集団が勢いをつけたまま、先に爆発した仲間の武装車両をジャンプ台にして、次々と「飛んで」行く!
もちろん後先など考えていない。嵐のような銃弾で何人かは蜂の巣になり、バイクごと火の玉になって落ちていく。
その内の何人かは自衛官にそのまま体当たりして命を奪い、運よく当たらなかった者も着地でバランスを崩して転倒、しかし何人かがこれをも切り抜けて走り続けてくる。
「今だ! ワイヤーを張れ!」
バイクの進行方向を塞ぐように、細い「線」がきらりと光る。突破した族は何かと思った。
そして考える間もなく首が飛ぶ。
主の頭を失った呼吸と共に血を噴き出し、バイクはなおも道を進み続けるが、トラックが門のように道を塞いでこれを止めた。
「情報通りですね──」
「あぁ。だがまだ来るぞ、気を引き締めろ!」
もちろん、健斗は諦めていない。
彼は今、何個目かの陣地を機銃の乱射と機体の体当たりで潰し、トラックを道の脇へ押しやり、何とか道を通れるようにしていた。
頭蛮王の面々が後先考えない突撃で自衛隊の注意を引いた為、健斗は何とか自衛隊側のバリケードを突破し、橋を渡る事ができた。
だが──道の先にはまだ幾重にもトラックのバリケードと陣地が築かれている。
「この野郎──腑抜けに腰抜けのはずだろうがァーッ!!」
味方の被害を見て、健斗は怒りで声を荒げた。いや、恐怖を怒りで上書きしようとしていたという方が正しい。
臆すれば負ける。健斗はそう思うと、再び血まみれになったライフルを乱射し始めた。
ライフルの口径は三十ミリ、弾の長さも一六五ミリに達する対空機関砲用の物だ。歩兵や非装甲車両など四キロ先から撃ち抜ける。
「おい──!」
健斗が無線で凄むような声を上げる。
「軽自動車、四台俺の後に続け!」
健斗の配下たちは、頭蛮王の面々が突っ込んでいくのを興奮しながら見送りながらも、自爆車両の監視だけは抜からなかった。
たちまち、豪攻車に銃を向けられた先頭の四台が、橋を渡りきってすぐの健斗が居る傍までやってくる。
(……いよいよだ)
その中には「彼」が含まれていた。
緊張でごくりと生唾を飲み、命懸けの大きな賭けに挑む。
「ついてこい! 従わなければ後ろの連中が容赦なく撃つ!」
先にも書いた事だが、豪攻車のライフルは非装甲車両を四キロ先から撃ち抜ける。
高架橋の下に自動車学校があるが、そこから先はやや左へと緩やかにカーブしている。
(やるなら、今しかない……)
彼は目だけを動かして、辺りを見回す。
トンネルへ逃げるには、ガードレールを飛び越えて本来進むはずの左車線へ入らなければならない。
「続け!」
健斗が叫ぶ。
後ろに続く軽自動車の四人もアクセルを目一杯踏み込むが、この車には最大積載量を超える爆弾が詰まれている。
(あれだ……!)
加速がもたついている。それは仕方が無い事だが、「彼」はできるだけ早く後ろにいる健斗の配下たちからの視界から逃れようと思案した。
いずれ先はゆるやかに左に曲がる。一方、健斗は軽自動車のボンネットに書かれた番号を目で確認し、手元にスイッチが並んだ箱を引き出す。
カーブを進み、健斗がスイッチに気を取られる中──
「……!」
債は投げられた。前にいる自衛隊の陣地からは牽制射撃が飛んで来ている。
そして「彼」は、文字通り神に祈りながら──今、数発の銃弾がフロントガラスを割り、頭蛮王の面々がジャンプ台にしたスクラップの上へ!
しかし車体の重みで低く飛んだ車は、そのまま胴体をこすりながらも左車線へ着地──
健斗の後ろに追随していた一台が、運転席から血飛沫を吹かせてガードレールに激突!──たちまち車は火に包まれるが、アクセル踏みっぱなしのままの車は勢いのまま道路を進んで行く。
自衛隊側も零治たちから譲渡された偵察情報で、自爆車両の事は把握している──
「情報にあった自爆車両です!」
「攻撃を自爆車両に集中させろ! 絶対に阻止するんだ!」
一方、左車線へ飛び込んだ「彼」の方は、車の中で必死に両手を上げていた。
この車線にも自衛隊が展開しており──
「こ、子供だ。両手を上げているぞ!」
スコープを覗く狙撃手は、まだあどけなさの残る中学生が車に乗り、さらに降参の意思を示すように両手を上げている事に驚いた。
「だが乗っているのは自爆車両だ! 外部から起爆させられたら──」
「くっ……」
スコープを覗く目が、一気に血走る。
心臓が早鐘を打ち、呼吸が荒くなっていく。
「ひっ……ひぃぃっ……」
一方「彼」も怯え切った表情で両眼を固く閉じ、ハンドルを何とか太ももで操って路肩に進んでいく。
いや、ハンドルを左に切りすぎた。ガードレールにぶつかって車体が火花を散らし──そして今、頭蛮王のメンバーが乗っていたバイク、その残骸を踏みつけた──。
「わああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
衝撃を感じて「彼」は叫んだ!
狙撃手も口元をがちがちと強張らせながら、道路の「下」へ落ちていく軽自動車の姿を──彼はそれ以上見ていられず、固く目を閉じる。
軽自動車はガードレールを乗り越え、その外にあるコンクリートで補強された路肩の坂へ落ち、そのまま斜めにそこを下りながら──
「神様ぁぁぁ!!」
そして健斗が豪攻車を急減速させ、軽自動車を前に出す。
「吹き飛べ!」
前方から銃弾が飛んできたのは健斗も把握している。ついて来れた軽自動車は二台。
それが自衛隊のトラックで張られたバリケードへ衝突すると共に──車両に書かれた番号と同じ数字の、自爆スイッチが押された!
間を置かずに爆発──!
「後続、続け!」
健斗の声が無線に響く。
「…………」
車は確かに爆発した。
しかしそれは「彼」のずっと後方でだ。
両腕が痛い。固く閉じた目を開くと、腕は擦り傷と血まみれになっていた。
果たして自分は生きているのか? そう思いながら「彼」は恐る恐る顔を上げ、辺りを見渡す。
千切れたシートベルトと、車から外れた座席。立ち上がろうとした所で、彼は自分の左脚に感覚が無い事に気付く。
「う……」
立てない。
左脚はちゃんと付いているのだが、動かないのだ。
「ぼ、坊主……」
不意に、上から声がかかる。
そこにいたのは、先程自分を狙っていた狙撃手──。
手を上げようにも、もはや手は上がらない様子で、「彼」は泣きながら声を絞り出すのが精一杯だった。
「助けて……! 痛いよ……死にたくない……!」
「わ、解った!」
狙撃手は自分の銃を背負うと、彼の元にやってきた。
「些細な事でもいい、君の話を聞かせてくれ。少しは痛みが紛れるかもしれん──」
個人携行用の応急処置用キットを広げ、狙撃手は「彼」に包帯を巻き始める。
「はい──」
上の道路では、まだ立て続けに爆音が続く。
「撃てーッ!」
今度はそれに反撃するように、大きな爆音が響いた。
また自爆車両が突っ込んだ様子で、隊員たちは応戦しつつ、トラックの壁を伝って少しずつ後退している。
「君は、民間人か?」
「はい──広島市立霞中学校の生徒です──あいつらに薬を打たれて、爆弾を積んだ車に無理やり載せられて……」
「薬──麻薬か?」
「はい……そうです」
「解った。ここにいると危ないから一緒に下がろう」
今は傷を治療するにも、できる事は限られている。
狙撃手は「彼」を抱え上げ、他の隊員たちと歩調を合わせながら後ろへ下がり始めた。
何度も響き続ける派手な戦闘の音。
隆義は、きゅーちゃんの思考から嫌な物を感じ取りながら、シ式の手でドローンを拾い上げていた。
「まさか国道二号線の高架の上だったなんて……」
ドローン自体はシ式の手よりも一回り小さいが、人間の体で言えば胸で抱える程の大きさになる。
「たかよし……うちがかんじとりよるから、もうわかっとるとおもうんじゃが……」
「あぁ。新島 健斗が来たな……。車を突っ込ませて自爆させてるのも解るよ……」
ぎらり。
隆義の目が、そんな音と共に──また赤く光った気がした。
「自衛隊は──少しずつ下がってきてるみたいだけど」
「へいたいさんたちは、あのひとたちをゆっくりとしかうごけんようにして、かずをへらすつもりみたい。えーと、"ちたいこうどう"? って、いうん?」
「遅滞行動……ね」
道が空いていれば、三分も経たずに来られる距離。
それが、自衛隊の必死の抵抗により、かれこれ十分以上は伸ばされている。
「リトルボーイよりラウンドへ。ドローンを発見。国道二号線の高架の上に落ちてた」
[ラウンド了解。ジャグリオンをそっちに向かわせる]
「急いだ方が良いよ。新島 健斗がそこまで来てる──」
[僕もドローンの中継映像で把握してるよ。……自衛隊から要請があれば、ミサイルと艦砲射撃で援護するから]
隆義が居る二号線の高架は、丁度川の上にかかる橋にもなっている。
もちろんの事だが、敵の主要な進軍ルートになるであろうこの橋にも爆弾が仕掛けられており、隆義と義辰がその爆破スイッチを持つ。
だがもう一つ──目の前に立つマンションは、先にテイラー=グバフォロが少年兵らと共に押し入り、住民の母子を人質に取った場所でもあった。
「ここ爆破すると、あのマンションもただじゃ済まない──か」
ジャック発案・教官の無茶もあって壊れたベランダに、隆義は目を向ける。被害が発生した時、隆義は気絶していた為に騒ぎがどうであったかは知らない。
あの部屋に住む母子も、無事に呉へと避難できただろうか。そんな事を考えていたのは、轟震の頭部カメラを通じて同じ場所を見る零治であった。
轟震のCICの中、彼は自分のノートパソコンを通じて、遠隔操作でジャグリオンを起動させる。
[ラウンドより格納庫へ、遠隔モードで機体起動完了。ジャグリオン、カタパルトへ移動します。発進の間、轟震はホバージャンプしますので、格納庫内の整備班にあっては安全バー等で体を固定していてください]
[了~解! 聞いたか、みんな安全バーに掴まれ。轟震がホバージャンプするぞ!]
格納庫内では、わらわらと整備員たちが近くの手すりへと移動していく。工具箱を載せたカートも、備え付けられたフックで手すりに引っかけられた。
[こちら格納庫、いつでもいいぞ!]
[ありがとう。ラウンド、ジャグリオン出ます。あいちゃん、ホバー始動。ジャンプ開始]
[了解でーす]
轟震から凄まじいジェットエンジンの音が響き始め、隆義は視線を移す。
三十メートルの巨大な機体が今日何度目かのジャンプを敢行し、開かれた格納庫から──
ジャグリオンの予備機の一つが、カタパルトに乗るのが見えた。
[発進!]
バシュゥゥン!! ジェットエンジンの轟音の中で、カタパルトの射出音が響く。
そして射出されたジャグリオンが隆義の目の前に来るまでは、あっと言う間だ。
「……速いですね」
[敵がそこまで来ているからね。ところでマシンガンの弾は足りているかい?]
「無人戦闘機を撃つのに、マガジン一本使いきりました──」
[それじゃあ、これを渡すよ]
零治は遠隔操作でジャグリオンを動かしている。
しかも操縦に使っているデバイスはノートパソコンだ。備え付けのタッチパッドとボタンで器用に腕を操作し、シ式の開きっぱなしになっている予備弾薬ポーチから空のマガジンを取り出す。
今度は逆の手で、ジャグリオンが持つ二十ミリ弾のマガジンが、先程空いたシ式のポーチに突っ込まれた。
「ありがとうございます。……それとリーダー、ドローンです」
[了解、確かに受け取ったよ]
補給のお返しに、ドローンが手渡される。
ジャグリオンはそれを左手に抱えると、シ式に敬礼して高架からジャンプした。
その後は──下を流れる瀬野川を、川下に向かってホバーしていく。先に待つのは格納庫を開きっぱなしの轟震だ。
「リトルボーイよりドクターエイブルへ。ドローンをラウンドに返しました」
[おぅ、ご苦労さん]
今度は隆義の背後から、音が聞こえてくる。
[敵が傍まで来たようだからな、俺もこっちへ来たぜ]
「新島 健斗の部隊です。轟震が自爆車両を確認しています」
隆義が、北西へ伸びる道の先へ視線を動かす。
丁度そこに自衛隊が下がってきた様子で、二機のシ式改はすぐに道を譲った。
直後には二人の目の前を、トラック、高機動車、残っていた避難民も一緒に、次々と隊員たちが通り過ぎていく。
[連隊本部より轟震隊へ、向洋方面の民間人の避難が完了した! 後続部隊の撤収を待て!]
[こちら轟震隊隊長・ラウンド、了解しました。こちらからも敵部隊が確認できます。火力支援が必要ですか?]
[──今から言う地点を砲撃できるなら、是非頼みたい。マップを開けるか?]
[マップ開きました、UTM座標どうぞ!]
轟震の両肩から、ゴライアスの砲塔が姿を現した。
[東西ナナ・ヒト・ロク、南北はマル・ゴー・ロクとマル・ゴー・ナナの境目、小さな川を渡る国道二号線の橋だ]
[攻撃目標確認、了解! あいちゃん、一番HE装填・遅延信管! 二番HE、時限信管!]
姿勢をどっしりと安定させる砲撃姿勢を取り、目標を正面に据えてゆっくりと旋回している。
攻撃目標になったのは、健斗が最初に自衛隊のバリケードと出くわした場所──ドライビングスクールの看板がある橋だ。
今そこには、健斗たちを援護する為にテイラー率いる少年兵たちが押し寄せようとしていた。
「さっきの騒ぎの敵討ちだ! 急げ!」
「カイタイチはすぐ先だぞ!」
ピックアップトラックとトレーラー付きの豪攻車には武装した少年兵たちが乗っている。
彼らが橋に差し掛かったと同時に、轟震の両肩が火を噴いた!
[ゴライアス、一番発射!]
ズドズドズドォォォン!!!!
左肩の砲身から榴弾が放たれ、放物線を描いて落下していく。
発射から着弾までにはタイムラグがあり、その間に十数台の車・豪攻車が通り抜けていくが橋に弾が突き刺さり、遅れて爆発!
橋はたちまち爆炎と煙に飲み込まれ、瓦礫を川に落としながら崩落した。
[着弾までにかかった秒数を二番の時限信管に設定、続けて二番発射!]
ドゴドゴドゴォォォン!!!!
再び三連続の砲声、今度は右肩だ。
橋は崩落したとは言え、まだ骨組みが半端に残っている。歩兵と豪攻車なら、無茶をすれば渡れるかもしれない。
その可能性を断つ為、零治は念を押した。
「テイラー!橋が!」
「あぁクソッ! 迂回だ! 近くに別の橋はあるか!?」
テイラーは橋を渡る直前で急停止した。
後ろの少年兵たちに対し、止まるように合図を出す。
「下だ!あっちに小さい橋が見える!」
双眼鏡を持った少年兵の一人が、橋の残骸の下、工場の敷地内にある小さな橋を指差す。
だがそこは二号線の高架の下だ。飛び降りるか、一旦道を戻らなければならない。
テイラーが率いる少年兵たちは、豪攻車よりもピックアップトラックに乗る歩兵が多い。彼の判断は──
「さっき下へ降りる道があったな! そこまで下がって迂回路へ行く! 後ろにも合図を出せ、今すぐ!」
そして自衛隊は、混乱の間に次々と瀬野川を渡る。
行き先は、避難民を呉へ、自分たちは瀬野川を境に薄く防衛線を展開しつつある。
新たな敵の侵攻を妨害した零治はここで、さらに無線を操作し──
[ラウンドより向洋展開中の轟震隊各機へ! 民間人の待避が完了! 現時点をもって瀬野川より南へ後退、急いで!]
[メルテルシス了解。みんな聞いたか?]
[ジョニーマクレーン了解。ランドキーパーたちも、下がるぞ!]
JR向洋駅に展開中の面々が、連絡を受けて道を呉方面へ向けて下がり始めた。
周りには自衛隊の部隊も居て、彼らもまたトラックに乗りながら既に撤収を開始している。
[スピリットファイア了解! 十ターン以内に撤退しないと爆発するってか?]
[ふざけとるんか! と言いたい所じゃが、逃げ遅れると橋が爆破されて取り残されるで!]
メルテルシスのツッコミも口だけに留まり、今はそれどころではないという様子だ。
「稲井隊長、向洋です!」
「他に負傷者はおらんか!? 」
[豪攻車だ!?]
[落ち着け、腕の上に自衛官が乗ってるぞ。敵から機体を鹵獲したのか──]
自衛隊初の実戦、それを実行する事となった稲井の小隊も、ここまで撤収してきた。
彼らはまだ、自分たちが「史上初の実戦」を行った部隊となった事を知る由は無い。
ライフルを持った手にも逆の手にも負傷兵を乗せ、戦場と化したその場にあったチェーンで古い木製パレットを引きずり、その上にも負傷者がしがみ付いている。
[やられたのか? 大丈夫か!]
「あぁ、見ての通りケガ人を抱えとる。手を貸してくれるか?」
[了解した!]
ランドキーパーとその指揮下のジャグリオンが、稲井の豪攻車に手を貸す。
[急ごうで。敵が大挙してやってきた時は、撤収を待たずに橋を落とす事になっとる]
メルテルシスの一声で、面々は急ぎ始めた。
一方、無線ときゅーちゃんの感応能力を通じて、隆義は状況を把握している。
健斗とその配下たちは少しずつ近付いているが、自爆車両はまだ七十台残されていた。しかし、生徒たちも先程までの事を見て、自分たちが人間ミサイルとして扱われている事を完全に悟った。
「腰抜けが……予想外にやるじゃねぇか……」
健斗の豪攻車は、見た目にも解るぐらいボロボロになっている。トラックに、機銃陣地に、何度もフルスピードで体当たりしたせいだ。
高架の上は自衛隊のトラックが道を塞いだまま残され、それをどかせようとすると使い捨てのパンツァーファウストの攻撃に晒された。
自衛隊は撤退ついでに、敵の進軍を遅らせる為の罠も仕掛けていったのである。
これを安全に突破するには、方法は一つだけ──。
「自爆車両、前に出ろ」
だが、霞中の生徒たちは、もはや自分の意思で前に出ようとはしなかった。
自分の死を先に延ばす為に、ただノロノロとついてくるだけ──ある意味では当然であった。この車に乗せられている以上、死は確定しているのだから。
「前に出ろ──」
運転席側の窓ガラスをライフルの銃口で割って、生徒に付きつける。
ここまでやって、ようやく一人の生徒がバリケードの前まで車を動かした。
そして健斗はその車両の爆破ボタンを押す──
健斗たちの最後尾では、轟震に橋を破壊される前にそこを渡ったテイラーの少年兵たちの一部が既に追いつき、その牛歩のような進軍を眺めている。
一人の命と引き換えに、ようやく前に進めるようになったが──
「続け! 海田市は近いぞ!」
もうすぐ右に大きく曲がるカーブだ。そこを曲がり切れば瀬野川の上を通り、海田市へと至る。
そして──
「たかよし……きた」
「……」
隆義は目口を閉じたまま、無言でこくりと頷く。
自衛隊の遅滞行動もあり、健斗たちがもたついている間に国道二号線の上から、避難民と自衛隊の姿は消えた。
向洋に展開していた部隊も──
[こちらメルテルシス! 俺たちも今、瀬野川を渡った! ジョニーもランドキーパーたちも無事だ!]
豪攻車を鹵獲した稲井らと共に負傷兵を抱えながら、ジャグリオン六機が "勢力圏内" に帰還を果たす。
[ドクターエイブルだ。メルテルシス、後続はいないか?]
[負傷兵を抱えた俺たちが殿だ! 後はおらん!]
[よし! リトルボーイ、良いぞ! 後退して橋を爆破する!]
無線を聞き、健斗たちを見据えようと前を向いたまま後ろに下がる隆義。
だが、きゅーちゃんは驚く表情を見せる。
「ねぇ、ちょっとまちんさい?」
「いや……待って」
きゅーちゃんは、残っている誰かの気配を感じ取っている。
「ドクター、誰か残ってる」
後退するシ式の脚を止め、隆義はカーブの先へと進み始めた。
[リトルボーイ、確かか?]
「はい。すぐそこです。すぐに戻ります」
さらに先で、またバリケードが爆破される大きな音が響く。
健斗たちは幾重ものトラックと罠を使った壁を突破するのに手を焼いているが、もう近く来ている。
隆義が進んだ先は、本来なら多くの車が広島へ向かう車線──から、市街の一般道へ下りる道だ。
「頑張れ、もうすぐだ!」
「はい……」
坂道を懸命に駆けているのは、狙撃手の自衛官と、あの自爆車両から運よく助かった「彼」だ──
二人は目の前にシ式の姿を見つけ、警戒するように動きを止める。
だが、隆義は自分の顔の正面のペリスコープを開き、二人に自分の顔を見えるようにした。
「大丈夫ですか──!?」
「──!」
そして声をかけ、二人のすぐ目の前へ。
「腕に乗ってください、もうすぐ橋が爆破されます」
「!──すまない」
左手を階段のように登り、二人がシ式の左肩にしがみ付く。隆義はシ式を今度こそ後退させ始めた。
「本当に、夕凪──なのか?」
健斗の配下たちが、死んだと噂していた人物。それが確かに目の前で、ロボットを操縦している。
シ式は加速してカーブに差し掛かるが、健斗たちもカーブ手前のバリケードを突破しようとしていた。
「たかよし、いそいで!」
「あぁ──奴が来る!」
隆義はカーブを曲がり切った。瀬野川を超える最後の直線だ。
爆破先の安全地帯には、もう一つのシ式改、ドクターエイブル機の姿がある。
「健斗さん、曲がった先に例の "空き缶" だ!」
「追え! 逃がすな!」
今、健斗の豪攻車を先頭にして最後のバリケードが突破された!
フルスピードでシ式を追いかけようと、先頭集団が堰を切る!
[リトルボーイ、急げ! 後ろから来てるぞ!]
「!」
シ式は既にトップスピードに達している。
[よし、それで良い! 爆破のタイミングを合わせろ! 三、二、一!]
「爆破ッ!」
ドゴオォォォ! バゴォォォン!!
瀬野川の上を通る複数の橋が、次々と爆破されて落ちていく。
「ぐああぁぁぁぁ!!」
健斗の豪攻車は爆発の衝撃で転倒し、高架を転がった。
「やったか!?」
「たかよし、まだよ! にいじま けんとは、まだいきとる!!」
橋は崩落したものの、辺りはまだ煙に包まれている。
「リトルボーイ、よくやった!」
不用心にも、ドクターエイブルこと義辰は機体のペリスコープを開いて直接声をかけてきた。
隆義もそれに応じてペリスコープを開くと──
「ドクター、この人たちをお願いします!」
隆義は、ドクターエイブルこと義辰が乗るシ式改に、左腕の二人を乗り移させた。
「夕凪、どうするんだ?」
「新島 健斗が橋を越えた! ……決着をつけてくる」
「決着!?」
言うが早いか、隆義はペリスコープも閉じぬまま、煙に包まれている眼前へ──
一方、健斗は機体を起き上がらせ、周囲を確認していた。
「くそっ! 後の連中は──」
先程まで自分の後ろに続いていた配下たちは──
「おい、生きてる奴は返事をしろ!」
[健斗さん、後方の隊です。ミサイルどもが動きを止めて進めません!]
返事をしてきたのは、自分と一緒に進んだ先頭集団ではなく、自爆車両の後方にいる配下たちだ。
「俺と一緒にバリケードから進んだ奴らは!?」
「ここからじゃ駄目です、煙で見えません」
そして自爆車両の最後尾の列の一台が、無線の会話に気を取られた健斗の側近に向けて、車の向きを変える。
[へ!?]
「……」
その一人は、車を加速させた。健斗の側近の豪攻車に向かって、である。
[お、おい待て! おま──うわあぁぁ!?]
そのまま加速して体当たり──軽自動車はボンネットをへこませて止まり、しんと動かなくなる。
フロントガラスには頭をぶつけた生徒の血が飛び散り、派手にクラクションが鳴り響いた。
[落ち着け! その爆弾は衝撃では爆発せん! 電気信管に信号を送られんと爆発せんわい!]
ジョハルの声が無線に響いた丁度その時、海風が煙を吹き流し、周りの惨状が明らかになった。
「……!」
健斗は、目を大きく見開いた。
瀬野川の上に崩落した瓦礫の中に、先程まで自分の後ろにいた仲間が埋まっている──
そして、ゴンと何かが地面を叩く衝撃がコクピットのシートに伝わり、思わず音がした左方向を向く。
「霞中全校生徒四百人中、お前の配下を除く百三十人が死んだ──」
健斗は二度、ぎょっとした。
目の前にいるのは自分に散々煮え湯を飲ませてきた "空き缶" 。さらにはそのパイロットが、自らこちらに顔を見せている。
「俺はその最初の一人だ。新島 健斗──」
「夕凪……隆義──ッ!」
隆義はどうあっても逃がさないとばかりに大きく目を見開き、健斗の豪攻車を睨む。
その殺意の視線と意思は豪攻車の頭部を通じ、健斗の目にまで届いてくる。
「くたばり損ないが──ッ!」
両者は互いの銃の引き金を引く!
そして銃弾が命中したのも互いの獲物──健斗のライフルと、隆義のマシンガン。
両者の銃は今、ただの残骸と化した。
「これで対等じゃいや!」
今度は隆義が声を張り上げ、壊れた銃を放り棄てた!
一方、健斗はライフルを破壊されて頭が真っ白に──なりそうになる所を踏み止まる。
「何が対等だ! てめぇのような雑魚に──」
健斗もライフルを放り棄てるが、動きは隆義の駆るシ式が一足早い。
シ式の左ストレートが豪攻車の頭に突き刺さり、ガァン! 周りに金属音が響き渡った。
「雑魚がどうした」
そのまま歩いて接近しながら右のエルボーが入る。
衝撃で健斗の豪攻車は、車線を仕切る中央分離帯に背中から激突した。
「野郎!」
健斗は咄嗟に、残骸のガードレールを手にする。
それを刀のように縦に持ち、シ式に叩きつけ──
「!」
──られない。
隆義は、きゅーちゃんを通じて健斗の思考を読み、シ式の左腕はその錆びた鉄板を振り払う。
その振り払う勢いのまま、シ式は回転ジャンプ──まるで「延髄蹴り」又は「ラウンドハウスキック」に似た技を繰り出していた。
シ式の半球状の外装脚を、そのまま豪攻車の左側面に叩きつけたのだ。健斗から見て右は瀬野川、真下には自分の仲間が埋まる瓦礫がある。
たちまち、豪攻車はその瓦礫の上へと「落下」し、胴体正面から叩きつけられた。
「たかよし──けっちゃくをつけるってゆうたね」
「あぁ。あれはまだ生きてる──」
シ式も、落下した豪攻車を追って瓦礫の上へ飛び降りる。こちらはホバーがあるおかげで、特に衝撃もなく下り立つ事ができた。
「く、クソがッ!」
豪攻車はよろりと瓦礫の上に立ち上がるが、足場は不安定だ。
「……」
しかしそれは隆義とて同じで、二人は互いに距離を取り、中央の瓦礫を境に睨み合いながら周りをゆっくりと回り始める。
二人がロボットに乗っているという唯一の違いはあるものの、既に様相は不良同士における一対一の喧嘩そのもの──
上ではメルテルシスがやって来た様子で──いや、隣にはドクターエイブル、狙撃兵と「彼」もいる。
[ジジイ、こりゃあ──]
[あぁ。タイマンの喧嘩に見えるな]
隆義も健斗も、互いを警戒しながら周りの瓦礫を見ており、そして武器になりそうな物を視線で品定めする。
曲がった鉄筋、折れた梁の鉄骨、だらりと血まみれの人の手が伸びる車の残骸、大きなコンクリートの瓦礫──
今度は健斗が先に仕掛ける! 選んだ武器は鉄筋──!
「うらァ!」
豪攻車の右手がナイフのように鉄筋を握り、顔を見せる隆義を直接狙う!
が、隆義が選んだ得物は──車の残骸、タイヤを掴んで鉄筋の盾にする!
突き刺さった鉄筋はタイヤをパンクさせ、バンと大きな音が周辺に響き渡った。
豪攻車の右腕は伸びっぱなしだ。シ式はすかさずタイヤを捨てて豪攻車の右腕を掴み、脚部を縮めながら反転──豪攻車を引き寄せながらシ式の背面を引っかける!
「!」
柔道で言う所の「払い腰」──。
あっと言う間にシ式は豪攻車を腰に乗せ、投げ落とす格好になった。
川の水が飛沫を上げ、投げられた豪攻車は背中から水に叩きつけられていた。
「……やっぱり "狙って" きた!」
健斗も喧嘩の腕っぷしは相当──いや、隆義よりも上なはずだが、やはり生身とは勝手が違う──。
「雑魚に──負ける!?」
焦りで思わず声が上がる。
健斗は「こんなハズがあるか!」と声を張り上げ、再び機体を立たせようとするが──
豪攻車のエンジンは背面にある。エンジンは吸気口から水を吸い込んで止まり、コクピット内の電力が落ちた。
「ど、どうした!」
計器も表示が落ち、サーボを動かす電力も途絶え、機体は動かない。
そして健斗は、自分をシートに押し付けていた重力が、胴の真正面へと「回転」する感覚を感じた。
「ひ、ひっくり返されたってのか!?」
続いて、健斗は背中に空気の流れを感じる。
川を流れる、外の空気だ。コクピットハッチがこじ開けられ、シート越しに殺意に満ちた視線を感じる。
「衝撃榴弾(コンカッショングレネード)──」
シ式は意外な武器を残していた。先の互いの射撃でマシンガンは確かに破壊された。だが、それに接続されていたグレネードランチャーはまだ生きていたのだ。
隆義はそれを外し、健斗の背中に狙いを定めていた。
ポン!とシャンパンの栓が抜けるような乾いた音が響いた直後、健斗が感じたのは、背中から胸を抉られる凄まじい苦痛──。
健斗がもがき苦しむその横で、隆義──シ式改は、動かなくなった豪攻車の傍を、静かに川下に向かって歩み始めていた。
「……」
隆義は無言だ。ただ、目から発していたあの禍々しい赤い光は、消えてしまったように見える。
健斗は血を吐くも叫び声をあげる事ができない。苦痛にもがきながら突然の爆発──
ボン!
彼の体は、文字通りに四散する。
豪攻車の周辺に血と肉と臓物の破片が雨になって降り注ぎ、瓦礫を紅く染めた。
それでもシ式は振り返る事なく、水の流れる砂地を川下に向かって歩き続ける。
「お前が殺した人たちが先に待ってる……覚悟してくれ」
隆義はそれだけ言うと、自分の正面すぐ斜め左に見える建物──海田警察署の前に見える階段に向かい、川から上がっていった。
[ジジイ、やけに呆気無かったのぅ]
[強さの畑違いってやつだ。ロボに乗らず生身だったら、リトルボーイの方がやられてただろうさ。その点では、ロボ戦という時点であいつの得意なフィールドに引き込まれてちまってたんだよ……。新島 健斗はな]
その点では、この戦いは不良の喧嘩の様相を見せたが、結果的には喧嘩ですら無かった。
隣では、狙撃手に支えられた「彼」が、がちがちと口を震わせている。
「ゆ、夕凪の奴、殺しちまった。新島組の組長の息子を……」
とんでもない事をやった。彼は隆義に対し、そう思った。そして自爆車両のボタンを押す人間も、もういない。
二号線の上では、自爆車両が次々とバイパスから下りる道を逃げ、健斗の配下たちから逃亡を図っていた。
轟震の中では、その様子をドローンを介して零治が見守っている。
「さて──」
二号線の上の、健斗が率いていた残存勢力。
「あいちゃん、ゴライアスを。HE、着発信管。目標は二号線上にいる敵残存部隊──」
「投降は呼びかけないんですか?」
「自爆車両に乗せられた子たちを、一人でも多く逃がすんだ。──敵部隊を沈黙させてくれ」
「…………解りました」
直後に、三発の大きな砲声。
健斗の配下たちは既に退路を断たれている。その頭上に砲弾が降り注いでいった。
バイパスを下って一般道に逃げる自爆車両──霞中の生徒たちは、どこまで逃げ延びるだろうか。
「あいちゃん、警察にも情報を提供しておこう。最優先で保護するように、とね」
「はい……」
ここで零治は、深呼吸した。
戦いはまだ終わりではない。エニアックとドリルサージェントを呼び戻したのには理由がある。
「ラウンドより轟震隊各機、我が方は作戦目標を達成しました。全機、轟震に帰還してください──。次の作戦を伝えます」
まずは当初の作戦目的・広島市東部近郊からの住民の退避は完了した。
人々の多くは呉市まで逃れ、そこからは協力を申し出てくれた幸村市長を始め、呉市職員らの大きな仕事となる。
そうしている内に、海田コンテナターミナルに停泊した轟震の元に、真っ先にリトルボーイこと隆義、ドクターエイブルこと義辰、ドリルサージェント、メルテルシスこと御蔵の四人が帰ってくる。
続いてココこと心。菊花と真澄も一緒だ。
「菊花さん、これでひとまず安心だよ」
「えぇ……少なくとも病院と学校にいたみんなは、無事に逃げ延びたわね」
ふと、菊花は隆義のシ式に視線を向ける。
「ここからまた作戦でしょ。何を──」
何をするのかと言いかけて、菊花の言葉は止まった。
(き、気のせいかしら?)
菊花の目には、シ式が火に焼かれているように見えた。が、火はすぐに姿を消したのだ。
天滅の騒音で叩き起こされたにも関わらず、まだ頭の一部が寝ているのだろうか? 一先ず彼女はそう思う事にする。
「失礼、あたしたち何すればいい?」
[あいちゃんです。みなさん一旦、轟震の格納庫へ戻ってください。機体の補給と修理をやりますので~]
もちろん通信は隆義にも聞こえている。
「了解──」
他の面々も、次々と戻って来る。
ジョニーマクレーンことジャック、ランドキーパーこと渡辺、パチョームキンこと鳩中 昭人、ペペロンチーノこと鳩中 誠人、スピリットファイアこと憲人。
彼らが轟震の格納庫へ入ってくるのを見て、ワインレッドと黒に塗装されたジャグリオンの搭乗ハッチが開き──
「よぅみんな! 一足先に戻ってたぜ」
エニアックこと松が、先にみんなを待っていた。
全員が所定の位置へ機体を戻し、整備員たちが即座に機体を固定してメンテナンスを始める。
[こちらメルテルシス。サウザンドとセイマイネームは大丈夫か?]
[ラウンドよりメルテルシスへ。二人は医務室でメディカルチェック中だよ]
[確かホスゲンでやられたんだったか?]
[敵は化学兵器を使ってきた。出島に設置されたコンテナの中身が気にかかるよ。]
[黄金山からの偵察映像は俺も見ていたぜ。ドリルサージェントが、スカッドミサイルなんじゃないかとか言ってたやつか]
壊れたパーツの交換、燃料補給、武器弾薬の補充──
周りの整備員たちはまるでF1レースのピットクルーのような手際の良さで、機体を整えていく。
[リトルボーイからラウンドへ。インディア中隊の皆さんは?]
[避難誘導の為、自衛隊と共に呉へ向かったよ]
[了解しました]
短い雑談の間に、次の準備は整っていく。
作業を終えた整備員たちは機材を元に戻し、所定の位置へと戻り──
[各種補給、応急修理、作業完了! 再出撃OKです!]
整備班長の声が、通信に大きく響いた。
それを聞き、零治は改めて声を整えると──
[轟震はこれより、広島市南区・出島コンテナターミナルへ向かいます!]
同時に、轟震はジェットホバーを始動。機関全速で動き始める。
[攻撃目標は、出島に停泊中の貨物船、そして敵がターミナル内に設置したコンテナ群です。中身は短距離および中距離弾道ミサイルの可能性があります!]
それは敵地への突入を意味する。全員の表情が、引き締まっていった。
広島湾の波を蹴立て、白い飛沫を宙に舞い上げながら、轟震が往く──
今度はこちらから「攻める」番の始まりである。
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