273人が本棚に入れています
本棚に追加
「そろそろ僕のことを、名前で呼んでください」
「……」
そんなことか……と、緊張がほぐれる冬美だが、じっと見つめられてだんだん困惑してくる。
これまで一度も名前で読んだことなどない。
「ええと、いつから?」
「もちろん、今からですよ」
「ひい……」
いきなりの要求に焦りまくるが、逃げるのは許されない。なにもかも甘えて、彼の望みを一つも叶えられないなんて、それこそ妻失格である。
「分かりました。では、いきますよ」
「うん」
「よ……」
舌がこんがらがりそうだ。しかし、やらねばならない。
「よ……陽一さん」
彼の真面目な顔が一気にほころぶ。冬美がいたたまれなくなるほど、喜んでいる。
「よくできました。やっぱりきみは、やればできる人です」
「あ、ありがとうございます。かちょ……じゃなくて、あわわ……」
明るい笑い声。
ほのぼのとした空気が朝の食卓を包み込む。
「冬美さん。これからもどうぞよろしくお願いします」
「はいっ。陽一さん」
パンと目玉焼きとコーヒーと……
大好きな人と暮らせる幸せを、冬美は噛みしめた。
最初のコメントを投稿しよう!