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「推しとか、好きな食べ物とか、自分だけの価値観とかこだわりがあるって、素敵じゃないですか。夢中になって追いかけるのは純粋に幸せですもん。ですから、間宮課長の言うことなんて気にする必要はありません! だって、私やあなたがこんなにも幸せなのを、あの人は理解できないんだから」
すべて言い切ると、冬美は湯呑のお茶を飲み干す。喉が渇いたのもあるが、ヒートアップしたのを自覚したので落ち着くために。
というか、急激に恥ずかしさが襲ってきた。
「野口さん」
「は、はいっ」
舘林課長は真顔だ。ちょっと怖いくらいの、真剣な眼差しを向けられる。
(もしかして怒ってる?)
いくら旅先だろうと、やはり相手は目上の人であり、偉そうに演説をぶったのは間違いだった気がする。
無礼講をはたらいたのだと、冬美は後悔しかけるが――
「ありがとう」
返ってきたのは、穏やかな声。
思いのこもる一言だった。
「課長……?」
おずおずと見返すと、彼はにこりと微笑み、窓の外に瞳を向けた。
雲間から陽が射して、課長の横顔を明るく照らす。高い鼻梁は美しく、目もと優しく、それでいて意外なほどの男らしさが感じられる。
冬美はどきどきしてきた。
これは、既視感。舘林課長は、どこか似ている。顔立ちというより、雰囲気。そう――きれいで可愛くて、案外野心家な助清くんの空気感が、目の前にあるような……
「もっと、きみと話したい」
こちらに向き直った彼が、なんだかキラキラして見える。
冬美は無意識にうなずき、望みを受け入れていた。
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