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「今は午後6時。課長が帰るのはだいたい7時半過ぎだから、それまでに作るとなると簡単なものじゃなきゃ……でも簡単でいいのかな? と、とにかくメニューを決めて、急いで買い物して、あわわ」
慣れない買い物に慌てふためいていると、バッグから着信音が聞こえた。
「あれっ、課長からだ。もしもし?」
『冬美さん、お疲れ様です』
おっとりと優しい声が耳に響く。彼は付き合い始めた頃から名前で呼んでいる。
声を聞いただけで、冬美のからだはぽかぽかとした空気に包まれた。
『もしかして買い物中ですか?』
「はい。あ、まだこれからなんですけど」
二人は敬語で会話する。
もうすぐ交際半年になるが、陽一が敬語なので冬美も合わせている感じだ。ちなみに彼は誰に対しても丁寧な言葉遣いである。
『よかった、間に合いましたね。実は先ほど営業部の緊急会議に呼ばれまして、帰りが遅くなりそうなんです』
「えっ……じゃあ、夕飯は」
『食事が出るそうなので、僕の夕飯はナシで大丈夫ですよ』
「そうなんですか」
がっかりすると同時に自覚した。課長と一緒にご飯を食べるのを、かなり楽しみにしていたのを。
夕飯作りというミッションからは解放されたけれど。
『冬美さん? どうかしましたか』
「あっ、いえ。遅くまでお仕事、お疲れ様です。がんばってください!」
大げさなエールは照れ隠しだ。新妻の心情を知ってか知らずか、陽一が明るく笑う。
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