金目鯛の煮つけ

23/29
前へ
/45ページ
次へ
寝姿山山頂駅でロープウェイを降りて、遊歩道を歩く。しばらく行くと展望台があり、港の景色を二人で眺めた。 ゆったりとした気分。 冬美は隣の彼をチラ見して、ふと、「年上男性もいいな」と思ったりする。助清くんをはじめ、冬美が好ましく感じるのはいつも年下の男。でも、課長に限っては、セオリーに当てはまらない何かを感じるのだ。 「野口さん」 「えっ?」 じろじろ見すぎただろうか。まさか心を読まれた? 冬美は慌てるが、彼は別のことを口にした。 「実は昨日、あなたが泣いているのを見ました」 「……?」 泣いていた。私が? 何の話だろうと首をひねるが、課長がポケットから取り出したそれを見て、はっとする。 青いチェックのハンカチ。 昨日の会社帰りに、通用口のところで助清くん結婚のニュースにショックを受けて泣いている自分に、誰かが差し出したのと同じハンカチである。 「か、課長だったんですか!?」 驚く冬美に、彼は少し気まずそうにうなずく。 「道端でしゃがみ込んで、しくしくと泣いて、『会社をやめたい』と独り言が聞こえて、思わず声をかけてしまいました」 「うっ」 恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。よりによって、この人にあんなところを見られるなんて。 冬美の動揺を知ってか知らずか、課長は続ける。 「確かこの人は、経理課の野口さん。間宮さんがいつも噂している人だと分かって……」 「えっえ? ちょっと待ってください。間宮課長がいつも噂……って、私のことをですか?」 「はい。彼は周りの人に、よく部下の話をします。特に野口さんについてが多く、いつだったかランチルームで相席したときも、きみのことを語ってくれました」 「はああ?」
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

272人が本棚に入れています
本棚に追加