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寝姿山山頂駅でロープウェイを降りて、遊歩道を歩く。しばらく行くと展望台があり、港の景色を二人で眺めた。
ゆったりとした気分。
冬美は隣の彼をチラ見して、ふと、「年上男性もいいな」と思ったりする。助清くんをはじめ、冬美が好ましく感じるのはいつも年下の男。でも、課長に限っては、セオリーに当てはまらない何かを感じるのだ。
「野口さん」
「えっ?」
じろじろ見すぎただろうか。まさか心を読まれた?
冬美は慌てるが、彼は別のことを口にした。
「実は昨日、あなたが泣いているのを見ました」
「……?」
泣いていた。私が?
何の話だろうと首をひねるが、課長がポケットから取り出したそれを見て、はっとする。
青いチェックのハンカチ。
昨日の会社帰りに、通用口のところで助清くん結婚のニュースにショックを受けて泣いている自分に、誰かが差し出したのと同じハンカチである。
「か、課長だったんですか!?」
驚く冬美に、彼は少し気まずそうにうなずく。
「道端でしゃがみ込んで、しくしくと泣いて、『会社をやめたい』と独り言が聞こえて、思わず声をかけてしまいました」
「うっ」
恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。よりによって、この人にあんなところを見られるなんて。
冬美の動揺を知ってか知らずか、課長は続ける。
「確かこの人は、経理課の野口さん。間宮さんがいつも噂している人だと分かって……」
「えっえ? ちょっと待ってください。間宮課長がいつも噂……って、私のことをですか?」
「はい。彼は周りの人に、よく部下の話をします。特に野口さんについてが多く、いつだったかランチルームで相席したときも、きみのことを語ってくれました」
「はああ?」
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