金目鯛の煮つけ

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何万分の一の確率だろう。冬美がたまたま乗った電車に、課長が乗り合わせるとは。 「き、金目鯛のお導きでしょうか……?」 「えっ?」 課長はぽかんとして、ぷっと噴き出した。変な例えだったかなと冬美は赤面するが、彼はもう笑わなかった。 「そうかもしれません。でも、導いてくれたのは金目鯛だけじゃない。助清くんも、あとは間宮さんでしょうね」 あの人がここまで導いた? 冬美にとって、思いも寄らぬ話である。 「でも僕は、ご縁だと思いますよ」 「ご縁……」 課長が黙って歩き出す。 階段のところで差し出された彼の手に、冬美は戸惑いつつも素直につかまる。そのとたん、距離が一気に近づくのを感じた。 「電車の中できみを見つけたときは本当にびっくりした。でも、これはご縁だと思ったのです。出会うべくして出会った。それこそ不思議な力に導かれるように」 ファンタジックなストーリーだが、課長らしいと思う。冬美は無言で肯定した。 「声をかけたのは、きみが心配だったから。黒船電車は下田行き。傷心旅行であるのは明白であり、もしものことがあってはいけない。だからといって、いきなり励ますのも無神経だと考えて、事情を知らないふりで接しました。謝ります」 「そんな、とんでもない。私は今日、課長に救われました。自分の幸せがなんなのか再確認して、いちばん良い形で気持ちの整理ができたんです」 きらきらと輝く白浜の海を思い出す。課長がいてくれたから、新たな一歩を踏み出せたのだ。 「そうか……ありがとう、野口さん」 お礼を言うのは私のほうなのに、変な人。 冬美はしかし、笑顔だけ返した。 課長になら、それで十分伝わると感じだから。
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