272人が本棚に入れています
本棚に追加
高級食材の店は通勤途中にある。会社から歩いて2分ほどの場所だ。
冬美は息を整えると、店に入ろうとした。
「あれっ?」
自動ドアが開かない。
「えっ、なんで?」
オロオロする冬美に、通りすがりの老婦人が声をかけた。
「あなた、このお店は午後7時で閉店よ」
「わっ、そうなんですか?」
近所の人だろう。小型犬を連れて散歩中のようだ。
「こんな時間に閉店なんて、今どき早すぎるわよねえ」
「は、はい。あの、ありがとうございました」
立ち去るその人に頭を下げて、しばし冬美は立ち尽くす。
11月の冷たい風が、スウェットシャツ一枚の身に沁みる。慌てて出てきたので、ジャケットを着ていなかった。
時計を見ると午後7時を回ったばかり。
「この辺りで高級食材を扱う店って、他にあるかな」
スマートフォンで検索してみた。少々遠くてもタクシーを使えば、早く戻って来られるだろう。夫が帰る前に。
「冬美さん?」
悲鳴を上げそうになるが、かろうじてこらえた。
背後から聞こえた声は……
「課長! どうしてここに。会議は?」
振り向くと、コート姿の夫が立っている。どこからどう見ても帰宅の格好だ。
最初のコメントを投稿しよう!