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「営業部の資料が間に合わなくて、延期になりました」
「そ、そうなんですか……あっ、じゃあ夕飯は?」
「弁当が出たので、もらってきましたよ」
よく見ると、ビジネスバッグの他に紙袋を提げている。
「冬美さんこそ、なぜ今頃会社の近くに?」
「え……ええと、それはその」
高級食材の店をチラ見する。陽一も不思議そうに目をやるが、何も言わずにコートを脱いで冬美に着せかけた。
「買い物もいいけど、そんな格好では風邪を引きますよ」
「あっ、そんな、私は大丈夫だから」
「いいから、いいから。さあ、帰りましょう」
肩を抱かれて帰宅した。
(あああ、もう……)
買い物を失敗するは、夫に寒い思いをさせるは……自分は「妻失格」だと落ち込んだ。
無口になった冬美を心配してか、陽一は家に帰ってからも優しかった。会社から持ち帰った弁当と、妻の弁当も温め、お茶まで淹れてくれる。
「冬美さんもお弁当だったのですね」
「は、はい」
結婚して初めての夕飯で彼に手間をかけさせ、しかも半額シールを見られてしまった。
恥ずかしさで、冬美は縮こまる。
「いただきます」
陽一は手を合わせると、弁当を美味しそうに食べた。営業部が用意したのは、普通の鮭弁当だ。
冬美はぼうっとして、彼が食べるのを眺めた。
「冬美さん、食べないのですか?」
「あっ、はい。いただきます!」
冬美も箸を取り、弁当を食べた。でもなんだか違和感がある。とりあえずお腹を満たしてから、訊いてみることにした。
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