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食事が済むと冬美が洗い物をして、コーヒーを淹れた。
リビングに運ぶと、ソファーに陽一と並んで座り、今日あった出来事など話してから本題へと進む。
「課長って、美味しい食べ物が好きなんですよね」
「ん?」
冬美の質問に、陽一はよく分からないといった顔になるが、きちんと答えた。
「それはもちろん、好きですよ?」
「ですよね。あの、でもすみません。それなのに私、普通の卵とか、100円のパンを買ってしまいました」
「……」
彼が目を瞬かせる。
「ええと、ごめん……どういうことかな」
本当に分からないようだ。
冬美は率直に訊ねた。課長は高級食材と一流料理に精通するグルメなんですよね、と。
陽一は黙って耳を傾け、冬美の言いたいことをすべて理解すると笑いだした。
「そうなんですか。だからさっき、高級食材の店で買い物をしようと……」
彼の楽しそうな様子に冬美はあ然とし、だが真剣な告白をはぐらかされた気がして抗議する。
「課長、真面目に答えてください」
「ああ、すみません。笑っちゃいけませんね」
まだ可笑しそうだが、陽一は冬美にまっすぐ体を向けた。
「僕は確かに美味しい食べ物が好きです。でもそれは、高級食材とは限らないし、特にグルメと言うわけでもない」
「えっ、でも……デートのときは」
「デートで『いいレストラン』を選んだのは、冬美さんが好まれると思ってのことです」
「私?」
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