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照れたようにうなずく陽一。
もしかして、すべて誤解だったのだろうか。うろたえる冬美に、彼は理由を話した。
「下田のホテルで、冬美さんと食事しましたよね」
「はい。金目鯛の煮つけをご馳走になりました」
忘れもしない、あの日。二人の大切な思い出だ。
「冬美さんはあのとき、料理を美味しそうに食べながら言いました」
――いいなあ。私、こういうところでご飯を食べることって、めったにないんです。最高ですよね。
そんなことを私が?
冬美は懸命に思い出そうとするが、記憶になかった。
「僕のほうは冬美さんが喜ぶと思って、あのレストランを基準にしてデート先を選んだわけです。あと、伊勢エビとかあわびとか、海の幸を味わってもらいたくて」
「……つまり、私と課長はお互いに」
「グルメだと思い込んでいたようですね」
なんてことだろう。
開けてみれば、単純な行き違いだった。
だけど冬美は感激した。あの日の、たったあれだけの言葉をこの人は覚えていて、デートに反映させたのである。
「ありがとうございます、課長。そんなに思ってくれてたなんて、感激です!」
「こちらこそ。でも、僕らはまだまだですね」
結婚生活は始まったばかり。
一緒に暮らすのだから、お互いのことをもっと知らなければ。
だけど、こんなに嬉しい課題があるだろうか。
「でもさすがに、半額弁当は引きますよね。あと、100円の食パンとか?」
冬美がもじもじすると、課長が即座に「いいえ」と否定する。
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