満ちる月に囚われて

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親心といえば聞こえはいいが、自身の価値観を押し付けているだけじゃないか。 右から左に聞き流す術は習得済みだが、いつまでも付き合ってられない。 実際、用意してきたチラシはまだ半分以上残っている。 営業から契約まで全部一人でこなさなければないこの業種は、かなり地道で泥臭い。 ポスティング作業も営業の一環で、基本的には業者に委託せず自分で一枚一枚投函している。 しかし、ポスティングを禁止する所が多いために人目を気にしてやらなければならず、管理人がいる所に至っては帰った頃を見計らったりと非常に卑屈な行為だった。 腕時計を見ると、約束の30分前をきっている。 明日が休みというのもあって、今夜は満里奈が新居に泊まりに来る予定だ。 ……今日はここで切り上げるか。 お酒とつまみは昨日買っておいたが、無償に淹れたてコーヒーが飲みたくなって目の前にあるコンビニに寄った。 「ありがとうございました」 女子学生らしき店員さんから、氷が入ったコーヒー用のプラスチックカップと共にお釣りを受け取った。 小銭を財布にしまっている私の髪を、その子はまじまじと凝視めている。 「髪、すごく綺麗ですね」 「…あぁ、ありがとうございます」 ショートやミディアムがトレンドの昨今では胸元まで伸ばした地毛はわりかし同性に褒められることが多い。
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