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ボリュームのある無造作な黒髪。
コーヒー奇襲に遭ったゆったりとした白の半袖にインディゴデニム。
被害者は、大学生とおぼしき黒縁メガネをかけた男性だった。
車道を走る原付バイクが横切り、
[謝罪と弁償の申出]という指示テロップが脳内を流れる。
「すっ、みません!大丈夫ですか!?」
「…大丈夫です」
と、答えてくれたが。
レンズを通して放たれる視線は氷柱を彷彿させられるほどに鋭くて冷たい。
つまりはめちゃくちゃ、怒っていらっしゃる。
「本当にすみませんでした。服はクリーニングにお出しします。もし汚れが取れなかった場合は」
「"それ"、この辺りで配ってるんですか」
相手の目線は、鞄の底に押しやられていた名刺入れを取ろうと、先に取り出したチラシの束に向けられていた。
「あ…これは配布じゃなくて、投函してるもので」
「それでもゴミになります。この地区では控えてください」
………は?
コーヒーとは全く関係のない苦情に呆気に取られる他なかった。
そんな私に相手は背中を向け、平然とした足取りで来た道を戻って行くから。
「まっ、待ってください。服の費用は負担しますからこちらに連絡を」
「ゴミを増さないでくれたらそれで結構です。他は要りません」
ピシャリと抑揚のない音調で言い放った男は差し出した名刺に目も暮れなかった。
冷酷な態度に空いた口が塞がらず、宙に浮いたままの名刺を戻すことも忘れてしまう。
しかも男はこともあろうか、今先ほど見惚れていた邸宅の門をくぐったのだった。
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