ムーントルム

満ちる月に囚われて

「会長にはすでに提出しているので、私の方から報告しておきます」

「…わかりました」

去年、会長が新しく設立した不動産会社を任されて一年余り。

取締役といえば聞こえはいいが、社員は私と鈴木さんの二人だけ。
運営費は親会社が所有する別荘や貸テナントの管理で賄っている。

それまで建築商材の卸売をしている親会社で仕事していた私は不動産業務のド素人。
そのため大手不動産会社の支店で営業職をしていた鈴木さんを迎え入れた。

会長にはゆっくりやれと宥められるが、一刻も早く独り立ちしたいというのが本音である。

そういうわけで業務拡大としてマンションの売買仲介を試みようとしているのだけど
頼りになるはずの鈴木さんは、ご覧の通り若干"抜けて"いる。

加えて不動産鑑定士の試験はかなり難しいは、顧客獲得はすこぶる大変だわで、まだまだ道のりが遠いというのが実情であった。