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「室瀬には俺より、もっとまともなヤツの方がいいと思ってた。
娘じゃなかったら、好きになったこともここまで悩んでない」
淡々と紡がれた意外な本音に呆気に取られていると、ドリップケトルから白い湯気がもくもくと立ちのぼった。
コンロの火を止めた相手は、お湯でドリッパーとマグカップを温めてから、ミルで挽いた分量きっちりの粉を敷いたフィルターの中に入れる。
コーヒーの淹れ方まで丁寧な人だと実感させられながら、どうしても悪態をつかずにはいられない。
「…だったらあの時、そう言ってくれたらよかったじゃない」
言ってくれなきゃ、分からないのに。
「誰がこんなこと言いたいんだよ」とばっさり切り捨てられてしまうから返す言葉もない。
だけど、この人はこんな性格だった、と。
可愛げがなくて、言葉足らずで、不器用で、誰よりも義理堅い人だと知っていたはずなのに。
汲み取れなかった私にも非があった、と冷静に省みた。
「なんで家、引き払おうと思ったの?」
「……いい加減、けりつけようと思って。タケさんのこと考えたらどうしても付き合えないから」
「付き合えないってどうして?」
「……………」
押し黙ったきり蒸らした粉をゆっくりと中央から円を描くようにお湯を注ぎ、ついには抽出を終えたコーヒーを渡してくれた。
ひとまず受け取り、火傷しないようにそっと口をつける。
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